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「ローカルのデスクトップやサーバーで動作する伝統的なソフトウエアよりも、SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)の方が明らかに優れている。すべての自社製品をSaaSとして提供する計画だ」。米アドビシステムズでチーフ・ソフトウエア・アーキテクトを務めるケビン・リンチ氏は、きっぱりと言い切る。デスクトップ・ソフトの代表的ベンダーであるアドビが、SaaSに舵を切る理由を聞いた。(聞き手=中村建助、写真=中島正之)


最近になって、オンライン・サービス事業に力を入れている。

 現在、企業や個人に向けた複数のオンライン・サービスの開発を進めている。例えば文書ファイルの共有サービス「Share」のベータ版を、10月に公開した。開発中のものでは「Pacifica」がある。これは文字や音声による会話、プレゼンスといった機能を、Flashアプリケーションに付加するためのサービスだ。

アドビは伝統的な「デスクトップ・ソフト」のベンダー。なぜSaaS事業を強化するのか

 ソフトウエアを顧客に届ける方法として、SaaSが非常に有効だからだ。インターネットが普及してオンライン・サービスが充実してきた現在、ソフトウエアの開発方法や顧客へ届ける方法は、間違いなく変わりつつある。

すべてのアドビ製品をSaaSに

米アドビシステムズ プラットフォーム事業部担当 シニア・バイスプレジデント兼チーフ・ソフトウエア・アーキテクト ケビン・リンチ氏
米アドビシステムズ プラットフォーム事業部担当 シニア・バイスプレジデント兼チーフ・ソフトウエア・アーキテクト ケビン・リンチ氏

 SaaSならば、従来のパッケージ・ソフトに比べてはるかに速いスピードで、顧客にソフトを届けることができる。顧客にとって、このメリットは非常に大きい。SaaSならば、ベンダーがソフトを修正したりバージョンアップしたら、顧客は即座に新しいものを利用できる。今までの箱売り型のソフトは、バージョンアップや不具合の修正にとても時間がかかっていた。1年半くらいかけて、ようやく出荷にこぎつけるケースも珍しくない。アドビはSaaSに強くコミットしている。

Webワープロの「Buzzword」を買収して手に入れたのも、オンライン・サービス事業強化の一環か。

 そうだ。当社の製品ラインに組み入れて、SaaSとして提供する。Buzzwordは当社のリッチ・インターネット・アプリケーション実行環境「AIR」や「Flash Player」で動作する。Webブラウザでもデスクトップ・アプリケーションでも同様な使い勝手で、文書編集を可能にする。

 このBuzzwordを、ShareやPDF作成ソフト「Acrobat」と連携させることを計画している。Buzzwordを使って作成した文書をPDFとして直接Shareに保存したり、PDF文書を読み込んでGUIで編集できるようにする。また、複数のメンバーがリアルタイムに文書を編集したり、作成したPDF文書に後でコメントを付けてもらうなど、同期や非同期を問わない協同作業を可能にすることも目指している。

 Shareが持つ文書のプレビュー機能も活用する。現在、ShareはPDFファイルと画像ファイルの内容を、ローカルの対応アプリケーションを使わずにWebブラウザ内だけでプレビューできる。今ではYouTubeのビデオを、簡単に自分のブログに張り付けることができるだろう?これと同じように、PDFだけでなく様々なファイルを、Webページ内でプレビューできるようにする。

 これらはAcrobatユーザーからのフィードバックを基に構想した機能だ。Acrobatユーザーは文書の作成や編集だけでなく、ネットを介して文書を配信したり共有したりできることを、強く望んでいることが分かった。オンライン・サービスを活用することで、チームや組織での協同作業を大きく改善できる。

PhotoshopやAcrobatといったアドビの既存ソフトも、いずれはSaaSとして提供するのか。

 CEO(最高経営責任者)のブルース・チゼンが米国のMAXなどで話しているように、当社のすべての製品をオンライン・サービス化していく。例えばPhotoshopについては、Webブラウザ上で動作するSaaS版「Photoshop Express」を開発中だ。

SaaSが普及していくと、アドビのような伝統的なソフト開発企業は、ビジネス・モデルをどう変えていく必要があるのか。

 箱売り型のソフトと違って、あるバージョンを出荷したら一段落するのではなく、開発とリリースを継続的に実施していかなければならない。開発スタイルだけでなく、収益モデルも変わる。使った分だけ料金を支払ってもらう、あるいは広告を使った無償版、これらの組み合わせなどだ。当初は手探りだったが、ここ1~2年で、SaaSのビジネス・モデルはだいぶ成熟したと思う。

従来のソフトウエア開発とライセンス販売のモデルよりも、SaaSの方が優れていると?

 そうだ。既存のソフト開発と販売も続けるし、この分野でのリーダーシップを維持し続ける。一夜にしてすべてがSaaSに取って代わられるわけではないからだ。しかし、流れは確実にオンラインへ向かっている。

 オンライン・サービスがソフトウエア企業やユーザー企業に及ぼす影響は、まさに出始めている段階にすぎない。誰もがその意味を理解して活用できるようになるには、あと10年はかかるだろう。

 現状は映画の黎明期のようなものだ。初期の映画は、カメラは固定されていたし、セットも単調だった。劇場で演劇を見ていた時代の感覚を引きずっていたからだ。それが10年ほど経って、ようやく複数のカメラを配置して、カットやアングルを工夫して、映画を作るようになった。今ではCGを駆使して、映画が登場したころには想像もできないような映像を実現している。

 SaaSの姿も同じように変わっていくだろう。古い理解にとどまらず、新しい形を切り開いていきたい。

既存のソフト・ベンダーにとって、SaaSへの対応は変化が大きい。アドビは変化に対応し、ソフトとサービスを両立できるのか。

 今年はアドビの創設25周年に当たる。この間、アドビは絶えず変化に対応し、生き残ってきた。変化を受け入れ、対応するカルチャーがあったからだ。

 元々アドビは、プリンタ向けのページ記述言語「Postscript」を開発・販売していた。しかしPostscriptを販売するだけでなく、それを使って画像を編集するソフトの重要性に気付いた。そうやって、IllustratorやPhotoshopなど、事業を拡大してきたのだ。

 SaaSの開発にはなるだけ少人数のチームで当たる。メンバー間のコミュニケーションのロスが少なく、迅速に動けるからだ。こうした新しいチームが、既存のルールを打ち破って新しいサービス型のソフトを生み出し、当社を新しい方向へ導いてくれるはずだ。実際、AIRのプロジェクトは10人未満で始まったし、Flash Playerも元々は2人で開発したものだ。

 もちろん従来型のソフト開発と販売を維持しつつ、SaaS事業を拡大していくのは容易ではない。既存事業とSaaSへの投資のバランスをいかに保つか、向こう3年間の戦略を立案している最中だ。