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by Gartner
亦賀 忠明 バイスプレジデント

 中国工商銀行(ICBC:Industrial and Commercial Bank of China)は中国最大の銀行である。同行のIT戦略は,スケールや公開性といった点で日本の企業に見られない特徴がある。

 「我々は現在1億以上の口座を抱えており,今後さらに拡大する。当社におけるITの重要性は一段と増すだろう」。これは2005年に上海で開かれたベンダー・イベントで,ICBCの経営トップが語った話である。同社のホームページを見ると「2006年で1億7千万人の個人顧客を有する」とあり,上記の経営メッセージは今でも変わっていないことが分かる。先に誕生したゆうちょ銀行の口座数は1億2000万程度とみられるが,ICBCはすでにこれを上回る。銀行を単純に口座数で比較できないが,そのスケール(規模)はイメージできるだろう。

 ICBCが目指すことは基本的に単純である。端的に言えば「世界一の銀行」を目指している。これは,同社のホームページにおける「2つのグローバル・ファイナンスのアワードを受けた」「2007年7月,英国のThe Banker誌の“世界の銀行1000行番付”において,1年前の9位から7位に上げた」という発表などからもうかがえる。

 ICBCのような銀行の経営者は,こうした強いメッセージを世界に発信しているが,興味深いのはIT戦略も公開していることである。同社は,年次報告書で,IT戦略について以下のように述べている。

● ICBCは,テクノロジ志向を戦略に実装している
● ICBCは,ビジネス・ラインの要求およびデータの集中化に伴うオペレーション・リスクを軽減すべく,コア・アプリケーションを再構築した
● ICBCは,173の新規アプリケーション開発プロジェクトと365の既存プロジェクトの最適化を実施した
● ICBCは,暗号化や認証などの案件で,58のパテントを取得している

IT戦略とは経営戦略である

 ここで分かるのは,ICBCはテクノロジを極めて重視していることである。アグレッシブ,シンプルかつ透明性を高めようとする経営戦略を持つ企業は,IT戦略も同様に勢いがある。

 このような事例に対し,日本人の多くは「それは特殊な例であり,当社には関係ない。中国は喧伝されているほど大したことはない」と思うかもしれない。しかし,そうした考えは楽観的に過ぎる。銀行業は本来,スケールの競争である。この観点から言えば,こうした巨大なスケールを持つ銀行がアジアで急浮上しつつあることを,少なくとも認識しておく必要がある。中国の人口は13億人で,彼らの目論見どおりにいけば,将来的にはICBCのユーザー数は数億人となる可能性がある。これはITなくして達成できない。この意味で,彼らにとってIT戦略とはまさに経営戦略である。

 このようにICBCはIT戦略を外部に公開しているが,その理由は明らかである。ICBCはグローバルの外部視点の存在を強く意識している。世界から企業活動を評価してもらうために,内部情報であっても積極的かつ戦略的に開示する。日本の多くの企業は,IT戦略は内部情報ととらえがちだが,世界のグローバル企業は積極的に開示する方向にある。これは,エンロン問題などに端を発した,企業活動の不透明さに対する反動である。

 企業は開示を前提に動いており,開示するなら良い情報が望ましい。しかしながら,当然虚偽はあり得ない。そこで,中身を徹底して良くする。これが,グローバルの戦略性を持った企業の振る舞いである。日本企業の多くは,こうした戦略性があるとは言えない。

 ICBCの事例は,グローバル企業がIT戦略の進行状況を外部に積極的かつ戦略的に公開し始めているケースである。企業は,日本でも早晩こうした時代が来ると考え,その準備を開始すべきである。