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 昨年、サブプライムローンの焦げ付きや年金記録問題に関してしばしば使われた表現の一つに、「腐ったみかんの箱」という比喩がある。「全体のどこかに問題があると分かっている。だがどれが問題なのか特定できない。そのため箱全体が信用を失う」という現象を指してのものだ。ローンも年金も大部分には問題がない。一部だけに問題がある。だがあまりにも調査件数が多い。またシステム全体が複雑に絡み合っているため手作業では問題を特定、是正できない。そうこうしているうちにシステム(みかん箱)全体が信用を失う。コンピュータのプログラムミスや予見しえないバグにも似たいかにも現代的な病理のひとつだ。そして人類はこうした課題への有効な対処策をまだ見つけていない。

 かくして米国経済はたかが10兆円程度の損失といわれるサブプライム問題で全体に変調をきたしつつある。また日本の政治は年金記録問題で国民の信用を失い、総選挙を経て政界再編につながりそうな気配である。

9・11テロに始まる巨大システムの変調

 この2つの課題は、ちょっとした出来事が巨大なシステムの弱点を露呈させ、全体の信頼性を喪失させるという現代世界の病理を象徴する。この前兆は2001年の同時多発テロ問題に見ることができる。テロリストはまさに「腐ったみかん」でどの箱に混じっているかわからない。それを見つけて除去して全体を保護する作業はたいへんな手間とコストがかかる上に完全ではない。米国は国内での中東系の移民、留学生のチェックに加え、“みかん”の原産地とされる国家の改造にまで乗り出した。だが7年たっても成果は見えない。かえってアフガン、イラク、パキスタンに至る広大な地域が紛争危険地帯と化した。最近ではパキスタンの核が流出して米欧大都市への核テロ攻撃に使われる危険性が指摘される。

 またテロとの戦いの過程で米国は世界からの信頼を低下させた。米国は冷戦時代もその後も「自由と民主主義」を掲げる愚直な理想主義者として一定の信頼を維持してきた。ところがこの数年の中東介入で、軍の論理と内政の都合で他国に安易に介入する利己的国家とみなされるようになった。国家の“品格”の低さが露呈した。今でも世界中で米国の文化や米国人は全般的には愛される。だが米国国家は世界から「腐ったみかん箱」、つまり丸買いできない存在とみなされる。

 こうした政府の信頼低下に「サブプライムローン」問題が経済面で追い討ちをかける。信用不安、不動産価格の下落、景気後退、ドル安が目前に迫る。

年金問題は日本政治の9・11

 くしくも日本も「腐ったみかん箱」問題に翻弄される。特に「年金問題」は数年かけて抜本的な政界再編を促すだろう。「政府が個人の老後のセーフティ・ネットを保証できない」「公務員が横領」といった事実を国民は絶対に赦さない。次回、その後の総選挙を経て政治は大きく変わるはずだ。

 今後の展開は論理的には3つある。第1は自民党の勝利もしくは大連立による政権維持。第2は民主党の勝利と政権交代。そして第3には抜本的な政界再編。第3の政界再編はすぐには起きないかもしれない。だが自民党も民主党もすでに「腐ったみかん箱」とみなされている。第1、第2の選択肢は「どっちがより腐っていないか」という低次元の過渡的な消極的選択でしかない。目先の利益誘導、刺客、「姫の虎退治」のような演出で国民の目をごまかす選挙は2,3度が限界だ。やがて国民は新しいみかんの箱を求めるだろう。政治への信用回復の決め手は信用できる若手党首の出現だろう。そうした人物が出てくれば既成の政治家の世代交代とセットで政界再編が進む可能性がある。

 ちなみに日本経済も「腐ったみかんの箱」に悩んでいる。企業の不祥事である。ある日突然、内部告発を機に企業が社会的信用を失墜させる。会計処理や偽装問題、安全対策など企業が抱えるリスクには際限がない。

 このような「腐ったみかんの箱」の問題は日米の政治や経済に限らない。戦後世界の平和と安定を支えてきた既存のシステムが軒並み、変調をきたしつつある。加えて世界は地球環境問題(温暖化)や価値観の対立(イスラム原理主義対先進国文明)など地球規模の課題に直面する。おそらくは当面、数十年間は混迷が続くだろう。そしてその先には資本主義、議会制民主主義、官僚主義といった近代国家を支えてきた制度を超える新しい課題解決の仕組みが見えてくるだろう。

上山氏写真

上山信一(うえやま・しんいち)

慶應義塾大学総合政策学部教授。運輸省、マッキンゼー(共同経営者)、ジョージタウン大学研究教授を経て現職。専門は行政経営。『だから、改革は成功する』『新・行財政構造改革工程表』『ミュージアムが都市を再生する』ほか編著書多数。