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 Web業界にそれなりにいると,「デザイン」の価値についていろいろと考えさせられます。以前,「デザインとは問題解決である」と書きましたが,まだまだ単なる「お化粧直し」と認識されているのは事実でしょう。今回は,その辺りについて。

「とりあえず」で数パターンの制作か?

 ページデザインを発注される方から,「じゃあ,とりあえずデザイン,2~3本持ってきてください」という言葉を聞いたことは,数回レベルではありません。担当者がそうでなくても,重役会議の場で明確にこう言われたりすることもあります。

図1 「デザイン」って何だろう?

 こうした言葉に触れるたびに,内心浮かんでくることがあります。「じゃあ」で作られるものを,「お客さま」に出すのだろうか,と。もちろん,どんなビール愛好家であろうと,「とりあえず,ビール」という慣用句を用いることは知っています。けれど,それとは何か根本的に異なる違和感があるのも事実です。デザインそのものを卑下しているかのようなニュアンスを含んでいるように思えるのです。

 「デザイン」に対する認識としては,「お化粧直し」や「醜女(しこめ)の厚化粧」と言った表現も聞きます。後者は何を施しても無駄であるという意味でも使われますが,そのままよりはマシという意味で聞かされることが多い言葉です。この業界に入った頃は,そうした言葉に抵抗し続けてきました。けれど,デザインを軽んじているように見えるそれらの言葉の中に,実は矛盾が潜んでいることに気がついてきました。

 お化粧直しや厚化粧の対象が何なんだろうかと考えてみてください。Webアプリケーションという領域で考えるなら,化粧をしなければ人目に出せないのは,「システム」でしょう。「人目に出せない」は言い過ぎかもしれません。けれど,論理的に作り上げたと思われている部分に,そのままでは衆目にさらすことができない,何かしらの抵抗感が(謙遜かもしれませんが)あるのは事実でしょう。

 そうしたことを考え合わせると,デザインには醜女を美しくする「力」があることは認識されている,と言えそうです。事実,「馬子にも衣装」という言葉で,「ウチのに作らせると,ろくなモンじゃないので,人様に見せられるようにしてくれ」という依頼もあります。

 にもかかわらず,デザインを卑下する言葉は減りません。上図を講演会などで見せるたびに会場から笑いが漏れるのは,それを如実に現しています。だとすると,「力」があるのは認識しつつ,その制御の方法がわからないことが理由なのかもしれません。人は,得体の知れない(制御できない)ものに線引きをし,寄せ付けないような防御策を採りがちですから。

 しかし,得体が知れないのは,その測定方法が確立していないからです。デザインは「感性」の領域に属し,個人差が激しいものとされています,しかし,大きな流れとして捉えることができる分野もあります。

 例えば,車です。数年ごとのモデルチェンジで,確実に多くの人が「新しく」なったと実感し,古いモデルよりも新しいモデルを欲しがります(特殊なケースは存在しますが)。これがエンジン性能がどう上がったかだけを告知した場合と想像比較してください。デザインが数値化できない(対投資効果という話にできない)というのは,数値化への投資をしてこなかったツケという話に見えます。