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 2008年1月24日に橋本元一NHK会長(当時)が,職員による株式のインサイダー取引疑惑の責任を取って辞職した。海老沢勝二・前会長(同)に続く任期中の引責辞任は,放送業界に波紋を巻き起こしている。そして1月25日に,アサヒビールの社長・会長を歴任した相談役の福地茂雄氏が新会長に就任した。1月28日までには,職員の株取引に関する全国調査の結果も発表された。今回から2回にわたり,新生NHKに求められる課題を検証する。


 2008年1月26日に行った就任会見で福地新会長は,「不祥事が続き,視聴者・国民の信頼を大きく傷つけたNHKは今,がけっぷちに立っていることを銘記せねばならない。心というのは,コンプライアンス(法令順守)にかける職員1人ひとりの熱い思い,固い信念である」と,危機意識をあらわにした。


職員の意識改革と組織のサイズ

 新会長決定までのプロセスで,経営委員会内の意思の不統一と財界主導の強引さがあったため,「福地氏はNHK会長の資質があるのか」といった意見が放送業界内にあった。しかし福地氏はアサヒビールの京都支店長時代に,ビール業界のシェア(市場占有率)が最低の状態に落ち込んでいた同社にあって,社員の先頭を切って営業開拓に勤しみ,支店の売り上げを急激に増やした実績がある。

 京都支店長時代には,「ライバル会社のシェアがいくら大きくとも,支店長はそれぞれの支店に1人しかいない。まず自分は,その支店長が回る先をつぶしていく。支店の事務方はライバル会社の事務方を,営業は各自のライバル会社の営業マンを意識して仕事をしてほしい」といった趣旨の話で,社員に檄(げき)を飛ばしたという逸話が残っている。その後,住友銀行(副頭取)出身の樋口廣太郎社長に手腕を買われてトップに昇りつめたプロパー社長の目は,「どうしたらNHK職員のやる気を引き出せるか」という組織論と人間論に向いているようだ。

 少なくとも,20年近く前に三井物産からNHK会長に就任した池田芳蔵氏とは趣を異にしている。まず,経営幹部の意識が変わらねばならないとした新会長の「人」の経営と,実務に明るい今井義典・副会長とのコンビネーションで,徹底した放送現場での話し合いによる問題点の解決に期待したい。また,受信料収入の回復だけではなく,民主主義とNHKの在り方やジャーナリズムとしての放送文化についての理解も深めてもらい,多メディア時代のNHKの規模について職員と議論していくことが求められよう。


改正放送法の施行を前に取り組むべき課題

アーカイブス・オンデマンドのデモの様子
写真1●アーカイブス・オンデマンドのデモの様子
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 いよいよ2008年4月に,改正放送法が施行される。これにより,ブロードバンド(高速大容量)インターネットを用いてNHKがテレビ番組を配信することが可能になる。既に技研公開などのイベントで概要が公表されている「アーカイブス・オンデマンド」(写真1)であり,NHKの番組サーバーに個別の視聴者がインターネット回線経由でアクセスして視聴するものだ。今後、視聴者が用意するパソコンや回線の推奨環境,配信する番組の種類や数などが公表されると考えられる。

 アーカイブス・オンデマンドでは,大河ドラマや報道番組,ドキュメンタリー番組などが「見逃し番組視聴(キャッチアップ)サービス」で提供することが想定される。NHKの第一義の使命は国民の安全を守る報道であるため,地上波放送や衛星放送,ワンセグ(携帯端末向け地上デジタル放送),ラジオ放送,インターネットによって,特に報道番組が映像・音声・テキストなどのあらゆる形で広くあまねく提供されることは重要である。受信料で成り立つNHKにとっては,多様な意見や少数派の主張などに配慮することも求められている。NHKのインターネット配信における報道番組の供給体制については,受益者負担の在り方についてより細かな議論が不可欠である。

ワンセグによる緊急警報サービス
写真2●ワンセグによる緊急警報サービス
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 放送法の改正では,ワンセグの独自番組も解禁された。NHKの番組開発力はまず,災害報道や防災(啓蒙)番組,最近運用され始めた「緊急警報」に関するサービスなどに集中するのが王道といえる(写真2)。通信事業者と共同で「ウェイクアップサービス」(基地局からコマンドを送って携帯電話機の電源を入れ,緊急速報を自動受信するといったサービス)なども実現してほしい。


 いずれにせよ,NHKがインターネット事業でエンターテインメントや音楽などの娯楽番組の品ぞろえに邁進(まいしん)すれば,有料放送サービスが十分に育っていない日本のコンテンツ市場で,地上波ローカル民放やインターネットベンチャーなどの番組開発が阻害される恐れがある。さらには,「NHKの関連企業はどの程度,インターネット事業やワンセグの独自番組などの放送・通信連携サービスにかかわってよいのか」といったNHKの適正な事業規模の精査も避けて通れない。次回は,NHKの関連企業の在り方と国際放送サービスの充実について述べたい。


佐藤 和俊(さとう かずとし)
茨城大学人文学部卒。シンクタンクや衛星放送会社,大手玩具メーカーを経て,放送アナリストとして独立。現在,投資銀行のアドバイザーや放送・通信事業者のコンサルティングを手がける。各種機材の使用体験レポートや評論執筆も多い。