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 コンプライアンス教育で法令や会社の規則などを教えていく中で、前回ご紹介したような「自社のあるべき行動」に関する問題を議論することによって、会社の価値判断基軸を収斂させることが可能です。そして、あるべき行動を全員が共有したとき、会社は劇的に変化します。

 三択問題の効用は、やるのに難しすぎない点にあります。いろんな方法を試してみましたが、経験的にこれが一番良さそうだと感じています。ただし、よい問題をつくるのがかなり難しく、それなりのノウハウと膨大な労力が必要になります。しかし、これを全社でやり続けていくと、価値判断基軸が社内で一定化していきます。

 さらに、三択問題の回答を決めることによって、経営者や幹部の腹も決まってきます。たとえば「商品の品質にちょっとでも問題があった場合どう対応するか?」という問題で、基本的に回収すると答えを決めて社員向けに広報した瞬間から、経営者は逃げることができなくなります。すると、実際に品質問題が起きた瞬間に何千万円が吹っ飛んでしまうことになりますから、今度はそうした問題の発生を防ぎ、かつ他の本質的なことでカバーしようとする努力が行われるようにもなります。

 もう一つの三択問題の効用として、現場からたくさん質問が寄せられることがあげられます。中には「問題では(1)が答えになっていますが、私たちの部では(2)が答えとされていますが、これではいけないのでしょうか」というような形で、実際に起きているコンプライアンス上の問題が含まれていることがあるのです。

 すでに内部通報窓口を設置している会社が多いと思いますが、心理的なハードルが高いためあまり機能していない会社が多いようです。ところが三択問題への質問では「これで本当に正しいのでしょうか?」と、気楽にいろんな問題を開示してくれます。実際に寄せられた質問から、会社の中の深刻な問題を発見したケースもありました。また、寄せられた質問をもとに、また新たな三択問題を作成することによって、会社の価値基軸をさらに収斂させることができます。

 実は、この三択問題をやり続けた会社の一つが、私が以前CCO代行を勤めた!)カネボウ化粧品です。2005年はコンプライアンスハンドブックの内容を中心とした1回10問のセットを毎月2回やり続けましたし、2006年はコンプライアンスに加え、経営理念を実現するための行動のあり方を中心として、1回5問を毎月2回行いました。その結果、アンケートによると受講者の89%がこの学習によって「自分の行動が変わった」そうです。もちろん同社は過去、粉飾決算の問題があったので、一人ひとりが「やり直さなければいけない」という意識が高かったからではありますが。

 最後に本シリーズでお話した内容をまとめてみたいと思います。下の図をご覧ください。

 一番ベース(下)のところに社会の「法令」と「道徳」があり、その上に会社の「規則・規程」と「社内の慣習」があり、そこに個人の「行動様式、思考様式」、「言動」が乗っています。その一方には「ビジョン・経営理念の実現」と「戦略の実現」があります。

 コンプライアンス教育では最初に法令と会社の規則・規程から問題を出していくことによって、まず社内の慣習を変え、一人ひとりの行動様式、思考様式を変えていきます。その一方で、今度はビジョン・経営理念から「当社のあるべき言動や行動様式はこういうものである」という形を示して社員に働きかけていきます。

 簡単にできることではありませんが、これができるとその会社で働いている人たちのあり方があるべき言動や行動様式、思考様式に変化していきます。そうなると、ビジョンや経営理念を実現しやすい環境が生まれてくる。コンプライアンスプログラムでは、このような流れをつくりだしていくことで会社の未来づくりにも貢献できるのです。

 最後に私からコンプライアンスに関わる皆さんにお願いしたいことがあります。コンプライアンスの仕事とは何かといえば、会社の価値判断基軸を明確にし、守ることだと思います。会社の価値判断基軸となるものは、法令や道徳と、会社の目指すビジョンや理念から導きだされた行動様式や思考様式のことです。コンプライアンス担当者は、社員がそれらを大事に守り続けることができるようにサポートすることによって、不祥事とは無縁で毎日いきいきと仕事をしていけるような会社をつくっていけるのです。

注)当コラムの内容は、執筆者個人の見解であり、所属する団体等の意見を代表するものではありません。


秋山 進 (あきやま すすむ)
ジュリアーニ・コンプライアンス・ジャパン
マネージングディレクター
リクルートにおいて、事業・商品開発、戦略策定などに従事したのち、エンターテイメント、人材関連のトップ企業においてCEO(最高経営責任者)補佐を、日米合弁企業の経営企画担当執行役員として経営戦略の立案と実施を行う。その後、独立コンサルタントとして、企業理念・企業行動指針・個人行動規範などの作成やコンプライアンス教育に従事。産業再生機構の元で再建中であったカネボウ化粧品のCCO(チーフ・コンプライアンス・オフィサー)代行として、コンプライアンス&リスク管理の体制構築・運用を手がける。2006年11月より現職。著書に「社長!それは「法律」問題です」「これって違法ですか?」(ともに中島茂弁護士との共著:日本経済新聞社)など多数。京都大学経済学部卒業