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岩井 孝夫
佐藤 三智子

本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なる部分もありますが,この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

システム構築のあり方が大きく変化しつつある。情報システム部門が作り,利用部門が使うという分担から「使う人=作る人」という図式になった。利用部門がシステム開発の主役になったために,情報システム部門は利用部門の満足度を高めることに熱心だ。ここに大きな落とし穴がある。ともすれば細部にこだわって「蟻の目」になりがちなシステム開発には,広い視点から全体を見わたして状況を把握する「鳥の目」が必要だ。

 食品メーカA社では,営業本部長の提案で営業支援システムを構築することになった。社内のパソコン環境もすでに1人一台になったことから,営業担当者にモバイル・コンピュータを持たせることも検討している。そうなれば直行直帰が可能になるし,外出先や自宅から営業状況や見積もり,活動予定などを本社にインプットできる。さらに各種経費や交通費の精算もモバイルでできることも考えると,営業マン2人に1人が付いていた営業事務の人数も減らせそうだった。

 営業本部長の狙いはそれだけではない。担当者間の横のコミュニケーションや情報交換,さらには遠隔地間の情報伝達を迅速化すべきだと考えていた。それによって営業の人数を増やさずに,従来以上の営業チャンスを見いだし,受注案件の確実化や営業予測の精度を向上するといったことも狙いだった。

 営業本部長は,今回の営業支援システムを営業担当者全員が使えるようにすべきだと考えた。そこで営業部門から選んだキーマンをプロジェクト・メンバーに指名した。情報システム部門には「すべての営業担当者が確実に使えるように,彼らの要望は最大限に取り入れてほしい」と注文した。

 実際に検討が始まると,現場の営業担当者から「自分たちはシステムのことはよくわからないので,まず目に見えるものを作って提案してほしい」という意見が出た。情報システム部門は,すでに聴取した要望やコンセプトから,現状の報告書類をグループウエアに載せることにした。

 試作案が出来上がってプロジェクト・メンバーが検討する段階になると,各メンバーからさまざまな意見が出た。「入力時間をなるべく短くしたいので全項目でプルダウンメニューから選択できるようにしてほしい」というものがあるかと思えば,「顧客によって状況が異なるので,自由に入力できるようにしてほしい」という逆の意見もある。「今までのやり方を崩したくない」という理由から,データ入力を帳票と同じ手順にしてほしいという要望もあった。さらに関西地区のメンバーに見せると,「関西は顧客によって独特のやり方がある」という理由で別の機能が追加になった。

 「要望はできる限り取り入れろ」という営業本部長からのお達しがあったこともあり,情報システム部門はほぼすべての要望を取り入れてシステム化を進めていった。システムがある程度出来上がった時点で,システムを使ってみることになった。するとさまざまな問題点が露呈した。数値情報の捉え方が人によって異なるために,共通のデータとして分析できない。営業日報の書き方が千差万別で参考になる情報がほとんどない。東京と関西で書き方が違う項目があるため,比較や検討ができない,などである。さらに現状の帳票をそのままシステムに載せたために記入項目が多く,いちいち入力するのが面倒だという意見も多く出た。結局当初の要件定義の部分で営業担当者の要望をなにもかも取り入れてしまったことが裏目に出た。

 話を聞いた営業本部長は再度管理職を集めて今回のシステム化の目的を周知徹底した。その上で,この営業支援システムをどのように運用すれば実際の業務で効果を出せるのかを,営業担当者一人ひとりが考えるように厳命した。