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 SEたるもの,常に論理的に物事を考え,計画的に仕事を進めていくことが望ましいのは言うまでもない。ただ,時には「気迫」を前面に出し,気合と根性で膠着した状況を突破しなければならないこともある。

 本支店間のネットワーク障害に悩まされていたユーザー企業A社で,ネットワーク監視システムを導入することになった。筆者はその選定にコンサルタントとして参画していた。選考を経て,ベンダーX社の製品が採用されることになった。プロジェクトにアサインされたX社のSEは中堅のリーダーと4年目の若手N君。N君は理知的だがおとなしくちょっと線が細いなという感じであった。

 プロジェクトの推進の大きな障害となったのは,A社システム部の運用課長だった。稼働後に,運用の責任を負う立場の人である。今回の導入の検討やベンダー選定が企画課長主導で進められたために「自分に相談なく,企画課の連中が勝手に決めやがって!」という不満が強くあったのだ。

 運用課長はミーティングで,事あるごとに「そんなんじゃ入れられないよ」とネガティブな発言を繰り返した。彼の言葉の一つひとつがX社のSEを悩ませた。

 本格テストを控えたミーティングでのこと。N君がマニュアルの説明をしていると,運用課長が「こんな出来合いのマニュアルじゃダメだ。当社の環境を反映したマニュアルがなければテストはできない」と言い出した。テスト計画はきちんと練られており,汎用的なマニュアルも十分に参考になるものだったので「またいつもの難くせか」という雰囲気が漂い始めた。

 そのとき,いつもは冷静で淡々と話すN君が「では環境に合ったマニュアルをお出しすればよいのですね」と毅然とした口調で運用課長に迫ったのである。「ちゃんとウチに合ったマニュアルがあればテストしていいよ」「それならば作らせていただきます」「時間がかかるよね。スケジュールが遅れちゃうよ」。

 するとN君はやや紅潮した顔で「明日までにご用意いたします」と言い切った。隣にいたX社のリーダーが「えっ!」という表情でN君を見た。運用課長はニヤニヤしながら「本当にできるの?それは楽しみだ」と言ってN君を見やった。

 ミーティング後にリーダーがN君を問いただしたところ,断片的な資料は多少あるものの,それはマニュアルとして利用できるものではなかった。ほとんど新規作成するということであった。リーダーは,事がこじれる前に運用課長に謝罪して,少なくとも1週間程度の時間をもらおうとN君に助言した。しかしN君は「いや,必ず明日までに作り上げます。私にも意地があります」と反論。リーダーは「意地で仕事をしてはいけない」と諭すも,N君の尋常ならざる気迫を感じ,それなら頑張ってみろということになった。

 翌日,N君は運用課長にマニュアルを提出した。枚数にして100枚近いボリュームがあった。「これを一晩で作ったの?君一人で作ったのか?」。運用課長もそれには驚きを隠せなかった。「はい。予定通りテストをやらせてください」。徹夜明けで充血したN君の眼を正面から受けて,運用課長もついに折れた。「分かった。テストは予定通りやろう。私も協力する」。

 その後は非常にスムーズに導入が進み,予定通りの稼働となった。本番稼働後にN君のパラメータの設定ミスがあり,トラブルが判明したときに運用課長がN君をかばってくれたという後日談もあった。

 秀吉の一夜城ならぬ「一夜マニュアル」で,難敵を攻略したのである。もちろんこのN君の行動が必ずしも正しかったとは言い切れない。意地で仕事をするなというリーダーの言葉は正論だろう。しかし,人と人が仕事をする以上,時には理屈を超えて生身の情熱をぶつけることも大事なのである。

永井 昭弘(ながい あきひろ)
1963年東京都出身。イントリーグ代表取締役社長,NPO法人全国異業種グループネットワークフォーラム(INF)副理事長。日本IBMの金融担当SEを経て,ベンチャー系ITコンサルのイントリーグに参画,96年社長に就任。多数のIT案件のコーディネーションおよびコンサルティング,RFP作成支援などを手掛ける。著書に「RFP&提案書完全マニュアル」(日経BP社)