PR

東洋大学経済学部教授
コンサルタント
山田 肇

 NTTは,光ファイバーを使った次世代ネットワーク(NGN)を,「フレッツ光ネクスト」という商品名で始める。ハイビジョン映像の視聴などが目玉のサービスという。このNGNビジネスには大きな忘れ物がある気がしてならない。固定電話からの切り替え戦略がないことだ。

NGNの出自

 NGNの必要性について最初に考えたのは,第3世代携帯電話の標準化グループだった。第3世代の国際標準は2000年代に入ってすぐに利用可能になったが,世界普及は遅れている。その壁は第2世代の3倍といわれる投資額。この差を縮める切り札として提案されたのがコア・ネットワークのオールIP化だった。このグループがIMS(IPマルチメディア・サービス・サブシステム)を標準化した。

 第3世代携帯電話の標準化を主導してきたETSI(欧州電気通信標準化機構)は,オールIP化を固定電話にも拡張した。それがTISPANである。ETSIはその成果をITU-T(国際電気通信連合)に持ち込み,NGNとして国際標準化に乗り出した。

 このような動きの背景には,固定電話で続くトラフィックの減少がある。

電気通信への市場ニーズの変化

 市場ニーズは,90年代後半に通話からデータへと大きく変化し始めた。総務省の情報通信統計データベースによれば,固定,移動,IP電話のすべての合計で,通話に減少の傾向があらわである。2000年度には総通話回数が1448億回,総通話時間が70.3億時間であったものが,2005年度には1211億回,43.6億時間に減った。とりわけ固定電話の減少は大きい。固定電話は通信事業者にとって重荷となり始めている。

 市場ニーズの変化に対応して通信事業者の事業戦略も変わった。固定電話については必要最低限の維持・管理を行うのにとどめるようになった。それを反映して交換機の市場規模が急激に減少している。情報通信ネットワーク産業協会の調べによれば,交換機の国内生産総額は2006年には1709億円で,2005年から15%減であったという。

 この間に開発された重要な技術がVoIPである。VoIPを用いることで音声もインターネット上で送受信できるようになった。この結果,電話とインターネットを分けて提供する必然性は薄れた。VoIPを利用して電話とインターネットのネットワークを統合しようという考えが生まれた。それがNGNである。

固定電話からの切り替えを急ぐBTなど

 BTは固定電話の完全IP化を表明した。同社が構築する次世代ネットワークは21CNである。4年間にわたって毎週11万5000の利用者を切り替えていくという。南ウェールズから開始されたこの作業はコア・ネットワークをIP化するもので,利用者は気づかない形で進んでいる。固定電話の運用コスト削減が目的だからである。

 オランダの通信事業者KPNは運用コストについて具体的に説明している。NGNのための投資総額は9億ユーロ。NGN化によってもたらされる運用コストの節減は総額8.5億ユーロと計算され,投資効果としてつじつまが合うという。

NTTに欠ける固定電話からの切り替え戦略

 NTTのNGNには,固定電話からの切り替え戦略が欠落している。フレッツ光ネクストは,よりいっそうブロードバンドを求める顧客層にはアピールできても,固定電話を使う5000万の利用者には訴えるものがない。しかし固定電話は,NTTにとっても,もはや“金のなる木”ではない。

 NTT東西の,IP系をのぞく音声伝送収入は減少の一途をたどっている。それでも固定電話を全国規模で維持し続けなければならないというのは大きな負担である。団塊の世代の持っていた知識と技術を若手社員に伝え,これから10年も20年も固定電話を維持していく,その膨大な運用コストは悪夢だ。

 この窮地から脱却するには固定電話を計画的にNGNに切り替えていくしかない。BTのように利用者に見えないように進める手もあるが,より積極的に各戸にひかり電話対応ルーターを無料配布してIP電話に切り替えてもらう方法もある。

 後者の場合,IP電話の全国一律料金はNTTにとっては減収要因だ。しかしその影響は限定的。基本料と通話料の収入比はおよそ5対1で,ほとんど基本料だからだ。もっとも給電義務を放棄する分だけ基本料も値下げせよと要求されるかもしれないが。

 この戦略なら「お配りしたひかり電話対応ルーターをパソコンにつなぐとブロードバンドが利用できます」と,後でNGNの先端性をアピールできる。最初に損をして後でそれを取り戻す戦略をNTTは立てる必要がある。

 NTTは撤退戦略がへただ。テレックス,船舶電話,公衆電話と多くの前例がある。しかしこれらは本流事業ではなかった。今直面しているのは固定電話という本流事業からいかにスムーズに撤退するかという,企業の存続にかかわる局面なのだ。

私の提言

1. NGNはBフレッツの次世代版ではない。固定電話事業への経営的負担を長期的に軽くしていく新しい技術と認識すべきである。

2. NTTは計画的に,そして早期に固定電話をNGNに切り替えていく事業戦略を立てるべきである。


山田 肇(やまだ はじめ)
東洋大学経済学部教授,コンサルタント
情報社会の実現にかかわるデジタル著作権,情報アクセシビリティ,周波数配分といった政策論や,ムーアの法則に支配された情報通信,電機・電子産業の経営論について研究。NPO情報通信政策フォーラムの副理事長。単著の『技術経営:未来をイノベートする』,編著の『情報アクセシビリティ:やさしい情報社会に向けて』(いずれもNTT出版)など著書多数。