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駒澤大学
グローバル・メディア・スタディーズ学部教授
福家 秀紀

 これまでのNTTの発表によれば,NGNは「品質保証・帯域保証のオプションが付加されたIPネットワークであり,ネットワークサービスと同時にコンテンツ層の機能としての認証,課金,および決済などのプラットフォーム機能も併せて提供される」サービスとなるはずであった・・・。

 2008年3月から商用サービスが始まるNGNにおいては,プラットフォーム機能は脇におかれ,品質保証と帯域保証のついた光フレッツ・サービスとなり,利用者にとってはややインパクトに乏しいサービスとして出発することになる。

 しかし,NGNの商品性を考えた場合,多様なプラットフォーム機能が商品特性を反映した料金で提供されることが不可欠である。ここで,商品特性を反映した料金設定というのは,NTTの得意とするコストベースの料金を放棄することを意味する。近年経済学や経営学の分野で注目されるようになってきたツウサイデッド・マーケット(Two-sided Markets)の理論に学べということである。

プラットフォームとツウサイデッド・マーケットの理論

 ツウサイデッド・マーケットという,おそらく多くの読者諸氏にとっては,耳慣れない言葉を解説しよう。通常の市場においては,当該財・サービスの購入者という1種類の顧客しか存在しない。これに対して,ツウサイデッド・マーケットにおいては,二つ,またはそれ以上のタイプの顧客が存在し,これら異なったタイプの顧客の間に相互作用が働く()。この相互作用を実現するためには媒介者が必要である。それがプラットフォームである。

図●ツウサイデッド・マーケットとプラットフォーム
図●ツウサイデッド・マーケットとプラットフォーム

 ここまでだと難しく感じるかもしれないが,すでにツウサイデッド・マーケットは数多く存在している。たとえば,クレジット会社はカード所有者と加盟店の間の決済を仲介するサービスを提供している。新聞やテレビ放送局は広告主と読者/視聴者との間を,あるいは,Googleなどの検索エンジンは広告主と検索者との間を仲介している。

ツウサイデッド・マーケットの価格戦略

 通常の市場においては,1種類の顧客しか存在しないので,コスト,厳密にいえば限界費用に基づいて料金を設定するのが効率的であると考えられてきた。しかし,ツウサイデッド・マーケットにおいては,二つ以上のタイプの顧客が存在するので,これらの異なるタイプの顧客の間でコストをどのように配分するかが問題となる。

 実際のツウサイデッド・マーケットを見るとプラットフォームは市場を発展させるために,様々な価格戦略をとっていることが分かる。たとえば,先に挙げたクレジットカードの例では,カード所有者は年会費が徴収されることがあっても,クレジットカードの利用自体に手数料はかからない。現金支払いでも,クレジットカード支払いでも通常価格は同じである。

 これに対して,加盟店側は,売上高の一定割合の手数料をカード会社に対して支払う。テレビの場合,広告主はテレビ局に対して多額の広告料を支払うが,視聴者は無料でコンテンツを見ることができる。読者諸氏おなじみのGoogleでは,広告主が広告料を支払う一方で,利用者は無料で検索エンジンを利用できる。AdobeのPDFにおいては,PDFの利用者に対してはAdobe Readerが無料で配布されているのに対して,PDFの作成側が使用するAcrobatは有料である。

ツウサイデッド・マーケットにおける外部性

 それでは,なぜこのようなことが可能なのであろうか。それは,プラットフォームの顧客間に間接的な外部性が存在するからである。クレジットカードの例でいえば,現金よりもクレジットカードの方が買い物をしやすいことは読者諸氏が日常経験していることであろう。つまり,クレジットカードの利用者が増えれば増えるほど,加盟店にとっては売上高につながるというメリットがある。

 同じように,テレビの視聴者や検索エンジンの利用者が増えるほど,やはり広告を見てもらえる機会が多くなる。Adobe Reader を使ってPDFを読む利用者が増えれば増えるほど,PDFの作成者にとっては,自分のドキュメントに目を通してもらえる可能性が広まる。これが,プラットフォームを介した顧客間の間接的な外部性である。

外部性を考慮した価格設定

 このような外部性の働く市場においては,プラットフォームは外部性のより大きい方の顧客を優遇し,他方の顧客からコストを回収することによって市場を大きくすることができる。極端な場合にはPDFの場合のように,一方の顧客に対しては無料で財・サービスを提供することすら行われる。上で述べた市場をよく見てみると,プラットフォームによってこのような価格設定が行われていることが理解できよう。

NGNのプラットフォーム機能の料金

 NGNもプラットフォームとして成長しようとすれば,ツウサイデッド・マーケットの特性を考慮した料金設定が鍵となる。NGN普及のためにはNGNを利用したコンテンツ流通の活発化が不可欠である。

 コンテンツ流通のプラットフォームとしてのNGNからから見ると、コンテンツ販売事業者とそのコンテンツの利用者という二つのタイプの顧客が存在する。コンテンツ販売事業者を考えれば,コンテンツの利用者が増加する見込みがあって初めて,魅力的なコンテンツをしようとする。そのために、認証・課金などのプラットフォーム機能を柔軟かつ使いやすいものにすることが大前提となる。

 同時に,プラットフォーム機能そのもので収益をあげるのではなく,プラットフォームを利用したトランズアクションで稼ぐというビジネスモデルを採用すべきである。つまり、プラットフォーム機能の利用料金を無料にしてコンテンツ利用者を増やす一方で,コンテンツ・プロバイダ側から徴収する料金回収代行手数料などでビジネスを成り立たせるという戦略を採るべきであろう。コンテンツの利用者からも,プラットフォーム機能の提供コストに見合った料金を徴収しようなどというNTT的な発想では,市場の成長は望めない。

私の提言

1. NTTは最近の経済学や経営学の成果に学ぶべきである。

2. NGNのプラットフォーム機能については,伝統的なコストベースの料金設定を放棄してそれを利用したトランズアクションで収益を確保するという,戦略的な料金設定を図るべきである。


福家 秀紀(ふけ ひでのり) 駒澤大学
グローバル・メディア・スタディーズ学部教授
1970年東京大学経済学部卒業後,日本電信電話公社(現NTT)入社。政府派遣の在外研究員として,1975年から77年まで英国グラスゴー大学大学院社会経済学研究科に留学。NTT退職後,情報通信総合研究所 取締役を経て,2000年より関西大学総合情報学部教授,2007年より現職。国際公共政策博士(大阪大学)。著書に,『情報通信産業の構造と規制緩和』(NTT出版,2000年),『ブロードバンド時代の制度設計』(共著,東洋経済新報社,2002年),『日本の公益事業』(共著,白桃書房,2005年),『ブロードバンド時代の情報通信政策』(NTT出版,2007年)など。