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 今回は,火災を想定した二つのパターンで検証した(図1)。一つは,サーバー・ルームやその周辺でボヤ程度の火災が発生したことを想定し,200℃に予熱したオーブンレンジの中でHDDを5分間加熱した(実験H)。もう一つは,サーバー・ルーム全体が火の手に包まれるような火災を想定。HDDを200℃で30分間加熱した(実験I)。

図1●HDDを加熱する実験の条件
図1●HDDを加熱する実験の条件

 オーブンレンジで加熱したHDDは,素手では持てないほど熱くなる。レンジからHDDを取り出した後,部屋の中に放置。約半日かけて熱を冷まし,その後,復旧作業を開始した。

 結果は,(H)はすべてのデータを復旧することができたのに対し,(I)は1個のファイルも復旧できず全滅してしまった。水没や衝撃ではHDDは段階的に破損したが,熱に対しては一気に全体が損傷を受けることが分かった。以下,(H)(I)の検証結果を具体的に説明する。

(H):ICチップの全交換で100%復旧

 200℃で5分間加熱した(H)の復旧率は100%である(表1)。ただし,内部の精密部品は満身創痍の状態だった。

表1●加熱したHDDから復旧できたファイルおよび作業内容
表1●加熱したHDDから復旧できたファイルおよび作業内容

 カバーを外してみると,いくつかのICチップが損傷していた。「ICチップなどの半導体部品は,その製造過程で若干の水蒸気が混入しているケースがある。加熱すると水蒸気が膨張,破裂して,チップの内部が損傷する」(検証を担当したアドバンスドテクノロジーの金田龍介氏)という。

 制御基盤にICチップをハンダ付けで固定する際,ハンダゴテで加熱する時間は秒単位で指定されている。これも,ハンダゴテの熱により,ICチップの損傷を引き起こさないためである。ICチップ群については,内部が損傷している可能性が高いと判断。基本的にすべてのチップを交換した。

 軸受けも無傷では済まなかった。調べてみると,封入されているオイルが変質しているのが確認できた。昨今のHDDの多くは「流体軸受け方式」を採用している。検証で利用したHDDもこの方式である。流体軸受けとは,軸受けの内部にオイルなどの流体を封入することで回転軸の滑りをよくする仕組みのことだ。このほかに,金属製のボール・ベアリングで回転軸を支える「玉軸受け方式」などがある。

 一般に,オイルの粘性は温度に依存する。高温で熱すればオイルは変質する。オイルが変質すると,プラッタがスムーズに回転できなくなる恐れがある。つまり,流体軸受け方式のHDDが高熱にさらされると,軸受け部の交換も必要になる。

 磁気ヘッドも詳細に調べたところ,熱の影響を受けていた。これも交換が必要になり,ヘッドの位置情報を補正した。結局,プラッタ以外は,ほぼすべて交換したことになる。

 最後に,増幅器を使って磁気信号を増幅。バイアス・レベルおよびAGCレベルを調整して波形を整えた結果,すべてのファイルを復旧することができた。復旧作業にかかった時間は,トータルで丸3日である。

 結果としてすべてのデータを復旧することができたが,熱はHDDにとって大敵である。プラッタや磁気ヘッド,軸受け,制御基盤と,あらゆる精密部品が損傷することが確認できた。

(I):磁気信号が全く読み出せない

 一方,200℃で30分間加熱した(I)からは,たった一つのファイルさえも復旧できなかった。カバーを外すと,制御基盤上でICチップを固定しているハンダが溶融しているのが確認できた(図2)。ICチップの内部もかなり損傷していると考えられるため,すべて交換することにした。

図2●実験IのHDDの状態
図2●実験IのHDDの状態

 軸受け部もオイルの変質が激しかったため交換。同様に磁気ヘッドも交換した。作業内容は(H)で実施したものと同じである。

 しかし,データの復旧率は(H)が100%だったのに対し(I)が0%と,正反対の結果になった。(I)でデータが復旧できなかった原因は,主に二つ考えられる。

 一つは,核となるICチップが破損した可能性だ。汎用のICチップは別の部品に取り換えられるが,HDD固有の情報を格納しているICチップは代えが利かない。これが破損すると,専門会社でもデータは読み出せない。

 もう一つは,プラッタ上の磁気がほぼすべて消失してしまった可能性だ。プラッタは磁石の性質を備えており,磁気により「1」と「0」のデータを区別して保持している。

 磁石の磁気は,一般に熱を加えると弱まる。火災の熱にさらされると,プラッタ上の磁気は失われていく。「放熱効率が悪い熱のこもったパソコンなどで,突然データが読めなくなる現象が起こる。これも同じ理由で熱により磁気が弱まったためだ」(金田氏)。

 加熱することで磁気信号が消失する度合いは,プラッタに使われている磁性体の種類によって異なるため一概には言えないが,200℃で30分も加熱した(I)の場合,プラッタ上の磁気信号がほとんど消失していても不思議ではない。

 わずかでも磁気が残ってさえいれば,増幅器で磁気信号を増幅することでデータを復旧できる可能性が残っている。ただし,磁気信号がここまで微弱だと,制御基盤上のICチップが発する通常のノイズに磁気信号が埋没してしまう。それでも「ノイズが極めて低いICチップ群をそろえればデータを復旧できる可能性は残っている。1カ月以上かけて原因や対処策を探ればデータを復旧できるかもしれない」(金田氏)。今回の検証は「3日間で作業を打ち切る」という条件で実施したため,これ以上の追求はしていない。

スプリンクラーが作動すれば水害に

 (I)は,特殊な条件下で行った実験だとも言える。実際にサーバー・ルームで火災が発生した場合は,火災警報機が作動してスプリンクラーが水を散布し始める。消防活動で放水すればサーバーは水浸しになる。つまり,火災はある意味,水害なのだ。

 「以前,燃えたハードディスク・レコーダのデータを復旧する依頼を受けたことがあるが,機器は水浸しの状態だった」(金田氏)。火災に直面したHDDは,結果的に水害時と同様の損傷を受けることになる。被災後にデータ復旧を依頼する場合には,HDDを濡れタオルでくるむなど,水害時の初期対応が必要になる点を忘れないようにしておきたい。