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村上氏写真

村上 智彦(むらかみ・ともひこ)

1961年、北海道歌登村(現・枝幸町)生まれ。金沢医科大学卒業後、自治医大に入局。2000年、旧・瀬棚町(北海道)の町立診療所の所長に就任。夕張市立総合病院の閉鎖に伴い、07年4月、医療法人財団「夕張希望の杜」を設立し理事長に就任同時に、財団が運営する夕張医療センターのセンター長に就任。専門分野は地域医療、予防医学、地域包括ケア、チーム医療。

* このコラムは、メールマガジン「夕張市立総合病院を引き継いだ『夕張希望の杜』の毎日」の連載コラム「村上智彦が書く、今日の夕張希望の杜」を1カ月分まとめて転載したものです(それぞれの日付はメールマガジンの配信日です)。


■3月7日 夕張市の救急出動状況

先日「広報夕張 2008」3月号が届きました。その中でこんな記事がありました。夕張市の救急出動状況という題で、中にはこんな事が書かれていました。

  1. 昨年1年間の救急出動件数は650件で前年と比べて84件減少し、搬送人数も598人と昨年より94人減少(人口1万人あたりの出動件数全国平均は350件)
  2. 昨年は過去5年間で最も少ない出動件数となった。
  3. 減少の原因は健康意識が高まったことや、むやみに救急車を利用せず、効果的に利用していただいた結果と思われる。

偶然ですが今日の外来中に隣町の病院の院長が挨拶に来られていて、その中で「夕張からの急患が随分減った。これからも頑張ってほしい。」とのお言葉をいただきました。

夕張医療センターが開業以来力を入れてきたのが「コンビニ受診の抑制」です。予防医療を実践してもらい、かかりつけ医を持ち急変時にはその医療機関を利用し、安易な救急車の利用を控えるように繰り返しお願いしてきました。

こうしたお願いに対して、「受診する患者が減ると医療機関の経営上マイナスになるのではないか」「受診を控えた患者にもし何かあったらどうするのか」というのがよく出てくる疑問です。

しかし経営面で考えると、コンビニ受診で医療従事者が疲弊して辞めていけば、経営上それ以上の損失がありますし、「もし何かあったら」といっても医療機関が潰れてしまっては何にもなりません。いずれも本当に命に関わる様な人にとっては迷惑な話です。

元々救急というのは住民の不安を取るためや、酔っぱらいの保護のためにあるのではありません。

「住民の生命を守るため」にあるのであって、それは個人の権利より優先されるべきものだと私には思えます。

何かというと「命にかかわるから」「不安だから」という理由で使われますが、実際には1回の出動で3~4万円の経費が発生しますし、せっかく無料なのに権利ばかり主張して使い続けると有料化されてしまうのが目に見えています。

救急車が無料なのは日本とイギリス位で、アメリカのある州では救急車を呼ぶと5万円とか10万円単位で徴収されると聞きます。「自分さえよければいい」という住民が増えると、現在の無料の制度が壊れてしまいます。

夕張の場合、「大切な社会資源を皆が使いすぎて破綻したのだから、大切に使いましょう」と住民の方に語りかけて来ました。

「タクシーが高いから救急車を呼んだ」という方には怒りました。普段は近くの医療機関でいい加減な「薬だけ受診」(診療を受けずに薬だけもらって帰ること)を繰り返し、具合が悪くなったら救急車を使うというのは、決して真っ当な行いとは思えません。

医師の間ではこの手の発言はタブー視されてきたと思いますが、これだけ医療崩壊が進み、医療機関が疲弊した現状を考えますと、言わなければ「第2の夕張」が増えかねません。

マスコミが不勉強に「タライ回し」という言葉を使ってさらに医療機関を追い詰めていますが、実は急患を受けたくても医師が少なくて受けられなかったり、住民の権利意識ばかり高くて訴訟を恐れて受けない医療機関が増えただけの話です。

不幸にも「タライ回し」で亡くなった方は大きくマスコミで取り上げられますが、激務で過労死した医師の事はほとんど報道されません。

問題を誰かのせいにする前に、自分達で現状を把握して「知ろうとする」事が大切なのだと思います。

まだまだ問題は山のようにありますが、夕張だからこそできる事に取り組んでいきたいと思います。


■3月14日 日本の医療制度とマスコミ報道

マスコミでは「地方の医師不足」「医療崩壊」「産婦人科、小児科の医師不足」「救急患者のタライ回し」といった言葉が良く使われている。

まるで医師の怠慢だと言わんばかりの報道が多く、さらに現場の医師を疲弊させている。そんな記事を見るたびに日本のマスコミの不勉強を感じてしまう。

何でもかんでも「命にかかわる」という理由さえ付ければいいと思って情報を垂れ流しているように感じてしまうし、この論調では絶対に問題の解決にはつながらない。

医師の自殺率が他の職業より3割も多いというのは一切報道されず、タライ回しで亡くなった方は大きく取り上げられる。生命の格差を報じるなら、その事にもぜひ触れてほしいものである。

「住民はいつも弱者で正しくて被害者である」と報道しておけば読者受けもいいのだろうが、医療崩壊を後押ししているのは実はマスコミ自身である。

医師の80~90%が当直明けに普通に外来をやっている。寝不足で診察をさせればミスが出やすいのは当たり前だし、訴訟問題となる事はお互いに不幸である。

同じ命を預かる職業であるパイロットが同様の労働環境ならばマスコミは大騒ぎしているはずである。

医師も人間で労働者である。そんな認識すらない人達に解決策を打ち出せるはずもない。労働基準法を守れば完全に日本の医療が崩壊することは全く報道されない。

例えば救急指定病院ではない普通の病院の当直というのは、入院患者さんのためにいるのであって、急患や時間外の患者さんの診察をするのは労働基準法違反である。

マスコミは「従来通りのやり方で現場の努力で何とかしろ!医師は給与も高いし社会的地位も高いのだから労働基準法など無視して寝ないで働け!」と言っているのに等しい。

日本はOECD加盟国29カ国中医師の数は26位ととても少ない。医療の単価もGDP比で22位と安いし、社会保障費の国民負担も先進国の中では少ない。

医療費は30兆円と言われているが、これはパチンコ産業と同じくらいの規模で、先進国の中で公共工事費が社会保障費より多いのは日本くらいである。

命より道路やパチンコ産業の方が大切だと言っているのだから「医療崩壊」も仕方ないことである。

「医療費の負担が多くて生活できない」という論調の報道も目にするが、携帯の費用やパチンコ代はなぜか払っていても、社会保障の負担は優先順位が低いのは問題ではないのだろうか?夕張市の医療費の未納が2億円ある事はほとんど報道されていない。

少ない人員で安上がりの医療をやり、ついでにWHOの評価では平均寿命も乳児死亡率も低い日本の医療は世界一と評価されている(アメリカは36位)。

安上がりで質の高い医療を受けられていたのは、労働基準法を無視して医療従事者を働かせていたから成り立っていただけの話である。

おそらく以前は医局制度による強制力と、住民の医療を大切にする意識があったから何とかなっていただけの話である。

「安全と水はただが当たり前で権利である」という考えでは社会保障制度は崩壊するし、ほかの国からみれば贅沢なだけではないだろうか?

夕張市も破綻した時に住民が「突然に言われて驚いた」とか「聞いていない」「知らなかった」という発言が盛んに報道されたが、これは嘘で、ずいぶん昔から赤字だったことは知っていたし、当時の市長さんもテレビで「借金も財産のうち」等と言っていた。

要は知ろうとしなかったか、知らないふりをしていただけである。

「救急患者のタライ回し」ではなくて、物理的に本当に受けられないし、可能であっても訴訟が怖くて受けられないのである。

不幸な結果になれば正しい仕事をしていようが、寝ないで努力しようが訴えられるご時世に、リスクも高く、料金を踏み倒す可能性の高い救急の患者さんを受けるというのは無理な話である。

また、高度先端医療や専門医療が万能で100%助かるわけではない。医師の過失ばかり追い求めて訴訟すれば、その分野の医師が少なくなるのは当たり前である。

解決策があるとすれば他の先進国並みに予算や人員を増やし、公共工事費を社会保障費に回し、社会資源を住民が有限と認識して大切に使えばよいだけである。

今の時点では急に医師の数は増えないので、病気の多くが生活習慣病なのだから、健康作りに励んで、喫煙率を下げたらかなり解決するはずである。

また医療の不確実性に対して何らかの法的な措置をしないと、救急、小児科、産婦人科といった分野の医師は減るのは当たり前である。

夕張医療センターが開業して間もなく1周年になる。取材を受ける中で、マスコミの方にはこんな話をする機会が増えている。

第2の夕張には非難はあっても同情はない。それなのに、周辺の自治体を見ていても、マスコミの報道を見ていても、夕張があまり教訓にはなっていないように感じている。


■3月21日 危機を迎える北海道の自治体病院

北海道の自治体病院の多くが今危機を迎えている。というかすでに破綻したり、機能を縮小したり、医師が引き上げたりといった事が地域ばかりではなく都市部にも及んでいる。

高齢化の進む北海道の地域で住民のアンケートを取ると、多くの場合一番の関心事が医療や福祉の充実ではないだろうか?

私が自治体病院に勤めていた時に幾つかの疑問があった。

北海道の自治体病院や診療所には交付金が出ていたのに、なぜかそのお金は当たり前のように一般会計に組み入れられていた。
医療機関があるからこそ入るお金であるのに、何故か全体の予算に組み入れられて医療機関の赤字を補填するのには使われないで、医療機関の赤字を批判していた。

医療機関について経営努力をしていると言いながら、人事権等を持つ経営責任者である事務長は役場のローテートの一環で、定年前の素人同然の人が着任し、慣れたころに退職か人事異動していった。
役場の職員には医療機関の経営の経験者など皆無であり、医師も経営学などやったこともない人達なので(たとえできても権限がない)、自治体病院に医療機関経営のプロは不在である事が多かった。

行政の中では医療機関が左遷人事であることが多く、退職金も医療機関の支出としてごみ箱のように扱われていた地域もある。

結果として就任した人も前任者の踏襲しかできないので、なにも改善されないで、だれも責任を取らない状態が続いていたのである。

本気で経営するのなら、せめて民間の医療機関で研修したり、プロの経営者を雇ったりするべきである。または一定期間は慣れた人を置くべきではないだろうか?

「決まりでできない」というのは嘘である。やろうとすればできることだし、実際に経営状態のいい自治体では、医療機関は出世部門とされ、長く就任している地域を私は経験している。

夕張市立総合病院の元職員に聞くと、役場の職員に「貴方達は町のお荷物だ」と言われていたそうである。171床の病院があったので夕張市には多額の交付金が入っていたのに、そのお金は一銭も病院には入れずにそんな事を言っていたのである。

現在の夕張医療センターも医療機関の運営だけで見ると患者数も増え経費も節減し比較的経営は順調だが、改修工事をした建物の維持管理費は莫大であり、メインテナンスを全くしていなかった医療機器の故障、ボイラーの破損、水漏れ等に苦しめられている。

市の対応は、まるで欠陥住宅を貸し出しておいて借り主の責任にする大家の様な状態である。

公設民営化で市立診療所として残ったので市には交付金も出ているが、当たり前のようにそれをポケットに入れている一方で「貴方達は民間だから」といっていい加減な管理の結果である補修費用その他を病院側に押し付けている格好になっている。

自治体病院は地域住民の安全保障のためにあるインフラであって、交付金を得るための道具ではない。「行政の仕事は医療だけではない」という方もいたが、住民の一番の関心事の優先順位が低いのは何故であろうか?

公的医療機関はある意味不採算な部門を支える役割があるのだから、必ずしも大きな黒字である必要はないと私は思っている。そこの住民の納得する範囲の負担で支えられる赤字であれば良いと思うし、国保の財政が黒字であるならいいのではないだろうか?

公設民営方式というのは自治体が医療を丸投げにする方法ではない。運営していく能力がないので、運営を民間にお願いする方法である。基本的な地域の医療の在り方を考え、評価し、責任を持っていくのが自治体の役割だと私は思っている。


■3月28日 開業一周年

早いもので法人を立ち上げて1年になろうとしています。

開業当初は許認可の遅れで医師の募集が遅れ、老朽化した建物の改修も遅れ苦しい毎日でした。その後も厳しい冬と原油の値上がり、診療報酬の改正等不安定な要素も加わり、予定が大幅に狂いましたが、何とか1年間は運営できて、立ち上げられたと思います。

医療機関としての運営は比較的順調で、維持管理費が高騰しなければ黒字基調となっています。

しかし、行政主導で暖房効率を改善するための工事をしたにもかかわらず暖房費と水道代で500万円に達する月もあり、維持管理はかなり節減しても年間5000万円に達してしまいそうです。

これでは職員が地球温暖化を促進するために働いていることになり、せっかくの苦労があまり報われない状態になってしまいます。

1年間の実績を踏まえて、今後も医療機関として運営していくためには、行政が責任を放棄した指定管理者の契約を見直さなければなりません。

我々は指定管理者であり、限られた条件の中で運営を任されているのであって、夕張医療センターの今後は行政が開設者としてこの町の医療機関をどう考えるかにかかっていると思います。

少なくとも無責任な維持管理で破損・老朽化している建物や医療機器を押し付けられて運営を引き受ける法人など他にあるわけないというのが実際のところです。

地域医療の中身はこの1年で随分変化しました。

従来の、患者さんを待ち何かあれば入院させるスタイルから、訪問診療や老人保健施設が主役となり、できるだけ高齢者の機能を回復させ、医師や看護師が地域に出かけて行くようになりました。

それによって多くの高齢者が住み慣れた自分の家で過ごせるようになってきました。

以前の夕張では体調を崩すと病院に押し込められ、弱ってくのを待っていた状態になっていました。「頑張った人が報われる地域」であるためには従来の夕張のやり方にはほとんど学ぶことはありませんでした。

長期の入院で弱って話もできなくなった高齢者が元気に歩いて帰る姿を目にしたり、在宅で楽しそうにご家族が介護をする姿を見たりするたびに、住民が自らも汗をかいて我々がそれにできるだけ支援していくという当たり前の仕組み作りが、何より大切なのだと改めて考えさせられた1年になりました。

おそらく高齢化が進んだ地域での地域医療再生に最も大切な事は、行政が「住民を守る」という役割の優先順位を箱物づくりや道路工事より上げて、住民自身もできる事は自分でやり、それに医療従事者ができるだけ協力していく事なのかな?と考えるようになりました。

ここの地域は最初に破綻したことで多くの方の支援や励ましがありました。とてもありがたいことですし、そのお陰でここまで頑張って来られたと思っています。

しかし次からは必ずしもそんな事は期待できないので、「誰かが何とかしてくれる」と勘違いして対策を先送りして従来のスタイルにこだわる「かつての夕張方式」のままでいる地域は、早く脱却すべきです。

この1年は立ち上げの1年間でした。おそらく次の1年間は今後のこの地域の仕組み作りの1年間になると思います。

連載を通じて、そんな試行錯誤の毎日を皆様にお届けできればと思います。

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財政破綻した夕張市と共に破綻した夕張市民病院。その経営を引き継いだ「医療法人 夕張希望の杜(もり)」を広告収入で支援するメールマガジン。購読は無料。運営コストを除いた広告掲載料が「夕張希望の杜」に寄付される。発行者は木下敏之氏(前・佐賀市長/木下経営研究所所長)。村上智彦医師のコラムのほか、病院のスタッフ、関係者などの寄稿を掲載している。