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 Web業界の話を,大学でさせていただいたことがあります。20歳前後の,理系の学生達100名ほどだったでしょうか。調子に乗って,日々の様々な意味での格闘やクライアントとの葛藤など,自分では面白おかしく話したつもりでした。けれど,話し終わった後に,二人の若者に質問された時,とんでもないことをしたのかもしれないと愕然となりました。彼らの質問は,「Web業界に行きたいんですが,やっぱり,眠れませんか?」というものだったのです。

 私はこの時,この業界の楽しみを,後続ランナーにきちんと話せていないことに気付かされました。私だけでなく,多くの現役が,Webの魅力だけでなく,Web屋の魅力をも伝えなければ,業界として産業として,優秀な若手を獲得できる訳がありません。

何がWebに惹き込んでくれたのか

 昔話になりますが,私をWebに惹き込んでくれたのは,LaTeXでした。理系の大学で学んでいた頃,このテキストベースの組版処理システムに出会いました。このシステムは,とっつき難くはありましたが,複雑な行列計算や微積分の数式を正しく,そして美しく表示してくれました。当時は某日本語ソフトが全盛の頃で,行間の高さを工夫しながら,それなりに見える数式を描く方法が,私の研究室では主流でした。しかし,LaTeXは全く異質のものでした。

 ここで学んだ,数式で情報を美しくフォーマットして行くという喜びは,就職した後も奇しくも同じ言語によって鍛えられました。「VAX Document」というVMS(OpenVMS)上で動くツールが,それでした。書きやすいように多少は修正されていましたが,細かな表組みなどはTeXそのままであり,違和感なくそれを使うことができました。

 製品開発の部隊にいた私は,VAX Documentでのマニュアル作りに参加します。(ご存じない方が多いでしょうが)VMSが米国で売れた理由の一つは,マニュアルの読み易さにあると私は教わりました。その読み易さは,ライターの個人技ではなく,仕組みとして存在していたのです。TeX系の強みは,テキストベースであるので,容易に差分をとったり,変更履歴管理ができることです。情報が整理されている「心地よさ」,そしてそれを理路整然と開発していける環境の素晴らしさを,知ることになったのです。

 やがてそれが,HTMLに変わっていきます。自宅にパソコン(PowerMac 8100)を持った時から,Netscapeのおかげもあって世界が広がりました。テキストベース,タグベースの文法を持つHTMLは,TeX系に触れた者に抵抗感がある訳がありません。さらに,文字通り世界中に,優良な参考文献が転がっていました。アクセスする度に,ソースを見る癖はその時からのものです。

 美しい「表現」に出会ったら,すぐにソースを見て,真似をする。ほんの少し自分で工夫をすることで,さも自分が立派になったような錯覚まで抱きました。学ぶこと,真似ることの意味や価値を知り,真似を許している度量の大きさにも感謝しました。世界中からの切り貼りで,フランケンシュタインのような状態になって初めて,全体のバランスの大切さも痛感しました。そして,何よりも,伝えようとするコンテンツの大切さも,です。自分のサイトで,伝えたいことが希薄なまま,派手目な装飾を施した時の虚しさは,忘れられません。

 そして,ようやく画像のほうに目が行くようになりました。それはFutureSplash(現Adobe Flash)を知ってからです。ビットマップ系の画像には,もちろんそれまでも触れていました。作ってもいました。でも惹かれることは余りなかったのです。ですが,このベクトル系の画像を見たときの衝撃は,本当に身震いするようなものでした。「拡大しても美しい」,多分これが私を捉えた感覚です。

Web屋がやれること

 私のような経路で,Web業界に入っていくのは,もしかしたら稀かもしれません。けれど,根底にあるものは,多分大部分の方と同じ「美しさ」や「カッコ良さ」への憧れです。情報が美しく並ぶ,カッコ良く伝わる,こうしたことの価値に敏感な者たちが,この業界の先駆者になって行ったのだと思います。逆に言えば,それまでの情報提供の仕方に,カッコ悪さを感じ取っていた層だとも言えるのかもしれません。今のままでは,伝わらない,わかりにくい,そうした不満を持っていた人の群。

 Webが広大な魅力を持ち得たのは,この「カッコ良さ」の定義が広かったことも影響しています。映画のような臨場感をカッコ良いと思うのも,理路整然とわかりやすく情報が配置されるカッコ良さも,どちらも「正解」なのです。どちらかが正しく,どちらかが間違っている訳ではありません。どっちも,本当にカッコ良ければ,目指すべきものになり得ました。

 やがて,この「カッコ良さ」を適応される舞台が広がりました。様々な製品や企業を「表現」することが仕事として生まれたのです。売れるためのECサイト用仕掛け作り,だけではなく,企業/製品ブランドに関わる大きなことに関わるチャンスが,ネットの浸透と共に広がりました。コーポレートサイト,キャンペーンサイト,といった様々なジャンルのサイトが必要とされ生み出されました。

 これは,好きだった製品や,企業を,自分の絵筆で描くことが,公式に許されるということです。もちろん,好き勝手にはできません。憧れの企業の人を前にプレゼンをしつつ,ゴールに近づいていくという作業が必要です。そして時には,戦略を語る場面も与えられます。どう表現したいのかは,どこに向かうのかが語られなければ決められないからです。

 また,扱う題材は,こういったブランディングやマーケティング的なものばかりではありません。Webには「ツール」としての価値が大きくあるからです。すなわち,使い勝手を良くすることが,如何に作業を効率化し,「カッコ良」くするか,という点で勝負できるということです。

 革新的な情報に辿り着くルート(画面遷移)をスマートにする,一見わかり辛い数字の羅列を視覚化して一目瞭然にする,そういった業務改善提案に当たるチャンスがあります。無意識にでも操作できるようにするという,マニュアルレス+教育コスト削減的なイントラ開発というチャレンジもあります。シミュレーション的に試行錯誤を踏む意思決定システムという重大な任務を担うことだってあります。

 こうした仕事の多くが,その企業に深く長く関わっていない限り,参加できないことです。それを,Web屋というだけで一足飛びに,声をかけてもらえるのです。しかも,様々なプロジェクトに,です。一つに骨をうずめるようなことは稀です。だからこそ,多くのWeb屋は,一つとして同じプロジェクトはない,と口をそろえます。だからこそ,やり甲斐につながります。