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 前回は,住基ネットに関する最高裁判決(注1)の判断を,大阪高裁の判決と対比しながら紹介しました。今回は,最高裁判決が判断した内容について,もう少し分析したいと思います。

新しい人権の根拠となる憲法13条の幸福追求権

 最高裁判決が「自己情報コントロール権」という言葉を使っていないという点を,どのように考えるべきでしょうか。

 前回も紹介したように最高裁判決は

憲法13条は,国民の私生活上の自由が公権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものであり,個人の私生活上の自由の一つとして,何人も,個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有するものと解される(最高裁昭和40年(あ)第1187号同44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁参照)。

との判断を示しました。

 ポイントは,この「憲法13条は,国民の私生活上の自由が公権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものであり」というところです。

 憲法13条というのは,

第13条 すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。

という幸福追求権を定めた条項です。本条項は,憲法上個別の人権として定められていないものであっても,かかる条文を根拠に新しい人権が認められるという性質を持っています。本判決においても,この条文を根拠にしているわけです。

 また,「国民の私生活上の自由が公権力の行使に対しても保護される」との点ですが,憲法上の多くの権利は,対公権力との関係でしか働きません。私人(個人対個人,個人対企業)の間では,憲法の効力は直接的には及ばない(一部例外あり)というのが伝統的な考え方です(注2)。本件は,住基ネットを利用する地方公共団体との関係が問題となっているため,憲法上の問題とすることは基本的に問題となりません。他方,今回の判断の射程範囲が私人同士の問題には及ばないと考えるのが素直ではないかと思います。

自由権的な権利とされた「個人に関する情報」を開示されない自由

 次に「個人の私生活上の自由の一つとして,何人も,個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有する」というところを検討してみます。高裁判決は,自己情報コントロール権という言葉を使っていましたが,最高裁判決は自己情報コントロール権という言葉を使っていません。それ以外にも,高裁判決が自己情報コントロール権は「プライバシーの権利」として保護されていると表現しているのに対し,最高裁判決は「個人に関する情報」としてプライバシーという言葉を使用していません。

 その理由は明らかではありません。あるいは,最高裁判決では「プライバシー」という言葉を使用した場合の曖昧さを排除したかったのかもしれません。プライバシーという言葉を使用した方が,その曖昧さ故に,解釈によっては個人情報よりも狭い意味に限定することも可能でした。しかし,「個人に関する情報」としたことで,結果的にかなり広い範囲の情報が射程に入ってくることになるように思います(注3)

 ちなみに,最高裁判決が「参照」として引用している判決は,「京都府学連事件」と呼ばれている事件に関するもので,デモ行進に際して警察官が犯罪捜査のために行った写真撮影の適法性が争われたものです。

 その要旨は,

 個人の私生活上の自由の一つとして,何人も,その承諾なしに,みだりにその容ぼう・姿態(以下「容ぼう等」という。)を撮影されない自由を有するものというべきである。  これを肖像権と称するかどうかは別として,少なくとも,警察官が,正当な理由もないのに,個人の容ぼう等を撮影することは,憲法一三条の趣旨に反し,許されないものといわなければならない。

というもので,いわゆる肖像権を認めた最高裁判決とされているものです。

 この判決では肖像権もプライバシーに関する権利の一つと捉えられていますので,その観点から本判決で参照されているのだと思われます。いずれの判決でも「自由を有する」と言い方をしており,個人の私的領域に他者が無断で立ち入らないという消極的,自由権的な権利としてのとらえ方をしている点で共通しています。

そもそも不明確な自己情報コントロール権の内容

 プライバシー権については,従来このような消極的な権利であるという理解がされてきました。ですが最近,プライバシー権は,自己情報コントロール権(個人が自己に関する情報を自らコントロールできる積極的,請求権的な権利)の側面を含むという理解が学説上有力となりつつあり,本事件の高裁判決を含む下級審判決で自己情報コントロール権を認める判決が出てきています。

 自己情報コントロール権は,個人情報が行政機関によって集中的に管理されているという現代社会においては,個人が自己に関する情報を自らコントロールすることが必要になってきた,という認識に基づくものです。かかる認識は,まさしく住基ネットを含む行政機関(自治体を含む)が個人情報を多数蓄積している現状に合致していると言えるでしょう。

 本件は,自己情報コントロール権という積極的な権利を持ち出さなくとも解決できる事案ではあります(住基ネットにより個人情報が危険にさらされているかどうかを判断するだけでよい)。このため最高裁が,判決に自己情報コントロール権を持ち出すまでもないと判断した可能性もあります。

 しかし,今回の最高裁判決を見る限り,自由権的な意味での個人情報に関する自由を認めただけです。自己情報コントロール権について言及がない以上,自己情報コントロール権という権利を認めない趣旨の判決であると見るのが素直でしょう。すなわち,自己情報コントロール権を憲法上保障された人権とすることには問題がある,との最高裁の認識の反映ではないかと考えられるのです。

 自己情報コントロール権の内容は,そもそも不明確です(注4)。かなり弱めた形での自己情報コントロール権を反映させた個人情報保護法でも,過剰反応という形で自由な情報の流通に弊害が生じています。このことからすれば,私自身は自己情報コントロール権を安易に憲法上の人権として裁判規範性を認めることには問題があると考えており,結果的に妥当な判断であると考えます。

 次回は,住基ネットが上記の自由を侵害しているか否かの当てはめの部分,特にデータマッチングの問題について,最高裁の判断に検討を加えたいと思います。

(注1)住基ネット損害賠償請求の最高裁判決は最高裁判例検索システムで公開されている
(注2)私人同士の問題については,民法や労働法の一般条項等の解釈を通じて人権規定が反映されるというように考えられています(間接効力説)
(注3)ただし,最高裁判決も本件の個人情報の秘匿性等を検討していることから,全ての個人情報が憲法上の保護を受けるとまでは考えていないものと思われます
(注4)本事件の大阪高裁判決でも,「自己のプライバシー情報の取扱いについて自己決定する利益(自己情報コントロール権)は,憲法上保障されているプライバシーの権利の重要な一内容となっているものと解するのが相当である」とするだけで権利の内容については言及がありません

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■北岡 弘章 (きたおか ひろあき)

【略歴】
 弁護士・弁理士。同志社大学法学部卒業,1997年弁護士登録,2004年弁理士登録。大阪弁護士会所属。企業法務,特にIT・知的財産権といった情報法に関連する業務を行う。最近では個人情報保護,プライバシーマーク取得のためのコンサルティング,営業秘密管理に関連する相談業務や,産学連携,技術系ベンチャーの支援も行っている。
 2001~2002年,堺市情報システムセキュリティ懇話会委員,2006年より大阪デジタルコンテンツビジネス創出協議会アドバイザー,情報ネットワーク法学会情報法研究部会「個人情報保護法研究会」所属。

【著書】
 「漏洩事件Q&Aに学ぶ 個人情報保護と対策 改訂版」(日経BP社),「人事部のための個人情報保護法」共著(労務行政研究所),「SEのための法律入門」(日経BP社)など。

【ホームページ】
 事務所のホームページ(http://www.i-law.jp/)の他に,ブログの「情報法考現学」(http://blog.i-law.jp/)も執筆中。