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 3回にわたり、企業内でいまだにシステム化できずに残されている業務に対して、PaaS(プラットフォーム・アズ・ア・サービス)が新たなソリューションを提供しようとする姿を見てきた。

 連載最終回となる今回は、PaaSソリューションのさきがけである「Force.com」誕生の経緯を例として点検しながら、PaaSというサービスがどのような流れで作られ、さらに今後、PaaSがエンタープライズ・システムの世界に何をもたらすのか考えていきたい。

ニーズに牽引されてSaaSからPaaSに進化

 セールスフォース・ドットコム社が“SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)からPaaSへ”というコンセプトを打ち出し、さらに「Force.com」という明確なプラットフォーム・サービスの形で提供するようになったのは、昨年2007年のことである。

 しかしユーザーは以前から、SaaS CRMとしてのSalesforce をCRM以外の人事情報管理や代理店管理、在庫管理、資産管理などの用途で、基盤として使い始めていた。実際、日本でもSalesforceのそのような案件の引き合いが増えてきていた。

 確かに、Salesforceのプラットフォーム部分であるDBやロジック、ワークフロー、APIなどの構造は、どんなアプリケーションにも当てはまるものだ。CRMでは「顧客」というデータ項目を持っているが、これを「代理店」とか「物件」と読み替えて使ってもよいわけだ。

 折しも2007年6月、いまや世界最大規模のユーザーと言われる日本郵政公社(当時)は、Salesforceの4万5000ライセンスを「Platform Edition」というCRM機能を持たないライセンス体系で購入した。そして実際にCRM機能を使わずに、プラットフォーム部分だけで数万ユーザー・レベルの大規模システムを3カ月間で構築した。

 このようにユーザーのSaaS活用方法がどんどん先へ行き、まさにユーザー主導によってSaaSはPaaSへと引き上げられた。PaaSの誕生はニーズに基づく自然な流れだったといえる。

 連載の第1回目から掲載してきたPaaSのターゲットを示すマトリクス図は、CRMの枠を超えたユーザーの使い方を表しているとも言える(図6)。人事DBとして使ったり、問い合わせ管理ワークフローとして活用したりというように、ユーザー自身の動きが、PaaSのターゲットの輪郭をくっきりとさせてきたのだ。

図6●PaaS に適しているアプリケーション領域
図6●PaaS に適しているアプリケーション領域
データ中心型とプロセス中心型のアプリケーションが最適

エンタープライズ・システムに起こる3つの動き

 さて、ユーザーにとってPaaSがますます身近なものになることにより、エンタープライズ・システムの世界では、今後どのようなことが起きるだろうか。予測できることは、次の3つである。

(1)企業内の“ロングテール”的なシステムをカバーする

 PaaSの普及が進む中で、ユーザー企業内において、大きなトランザクション処理を担う作り込んだ既存システムと、PaaSベースのシステムのすみ分けが進むだろう(図7)。企業全体としてどのような構図になっていくのかについて、セールスフォース・ドットコム社の宇陀栄次社長は次のように説明する。

図7●企業システムにもロングテールがある
図7●企業システムにもロングテールがある
PaaSは“マイナーな”システム化ニーズにも光を当てる

 「企業内システムにも、ロングテール理論があてはまる。“ヘッド”の部分に相当する全社基幹システムと、残りの“ロングテール”の部分に当たる数多くのシステムがある。Amazon.comのようなECサイトが、“ロングテール”に当たる膨大な量のマイナーな書籍も扱えるようになったのと同様に、PaaSを使って社内の“ロングテール”的なニーズもどんどんシステム化できるようになる」

 「基幹システムの部分は、これまで通りパッケージや自社開発で対応すればよく、これまで対応できなかった細かな要求についてはPaaSに載せていけば、大きな効率化につながるだろう。大企業の場合、年間数百億円にも上るIT予算を10%でも下げ、システムの機能も向上できるとしたら、それは大きな変革になる」

 基幹システムとPaaSのすみ分けが進む中で、PaaS側に外部DBと連携するためのコネクタが用意され、基幹システムとPaaSアプリケーションとの間でデータのやり取りも容易になるだろう。当然、PaaS上に作られたアプリケーション間の連携も進むはずだ。まさに“エンタープライズ・マッシュアップ”が実現する。

(2)ユーザーが主導する本当の“エンタープライズ2.0”

 “Web2.0”では、コンテンツの主導権がユーザーに手渡された。ネットの世界はコンテンツの面白さでシステムが普及していく。ブログしかり、SNSしかり、YouTubeしかりである。ユーザー自身がコンテンツを次から次へと作成し、アップできるようになったことで、魅力的なコンテンツが爆発的に増え、それを支えるシステムも急速に発展した。

 一方、企業では合理性や生産性がなにより重要であり、より短時間に、より少数精鋭で業務をこなせるデータ共有やプロセスのシステム化が鍵となる。つまり“エンタープライズ2.0”とは、“Web2.0”のブログやSNSなどを企業内に導入し、社員の意見を吸い上げたり、コミュニケーションを取ったりすることが、本来の姿ではないはずだ。

 PaaSがもたらすエンタープライズ・システムの世界では、業務をより良くこなすためのシステムを、ユーザー自身の手で、ユーザーが中心となって作り上げていく。DB、プロセスまでがユーザーの手に渡され、かつてはIT部門やベンダーしか作れなかったシステムを、ユーザー自身が作るようになる。これこそ、本当の意味での“エンタープライズ2.0”ではないだろうか。

 ユーザーは今まで、ExcelやAccessで自分たちの作りたいものを作っていた。これからはExcelのマクロを書くのと同じぐらいのスキルで、もっと高度なシステムを作れてしまう時代になる。そして、ユーザー発のアプリケーションが続々と生み出され、企業内の効率化が急速に進んでいくと予測できる。

(3)“仕返し”の先に生まれるユーザーとIT部門の良好な関係

 セールスフォース・ドットコムの宇陀社長は、PaaS時代のITベンダーの役割について、次のように語る。

 「PaaSの出現で仕事がなくなると懸念していたITベンダーもいたようだが、実際にはITベンダーも大きなプロジェクトに注力するために、小さな案件を避けようとする面があった。要員の確保が困難な時代だから止むを得ないことだが、顧客からすると、これは不満だった」

 「ITベンダーにとって採算が合わなかった小さな案件であっても、PaaSを使ってさっと作り提供すれば、顧客も喜ぶし、満足を提供することで将来大きなプロジェクトの受注にもつながる。このように、注力すべき大きな仕事と、プラットフォームで簡単に実現する小さな仕事とが補完関係になる」

 このことはIT部門とユーザーの関係でも言えることだろう。これからはデータ共有やプロセス管理のためのシステムが、ユーザーの手によって誕生してくることが容易に想像できる。

 少ない予算でも、ユーザー主導でとりあえずベンダーやIT部門にシステムを作ってもらう、あるいは自分たちでも作ってみる。さらに、PaaS上に作られた優れたシステムは、他のユーザー企業に販売することも簡単にできるため、企業のユーザー部門発のアプリケーションが外販されるような市場も生まれてくることだろう。

 大手メーカーのIT部門の担当者がPaaSの説明を受けて「これでユーザーに仕返しができる」と思わず語ったことを、この連載の2回目の冒頭で紹介した。その“仕返し”の結末は、おそらくユーザー主導のITの世界を誕生させることになるはずだ。


古川 曜子
みずほ情報総研 金融ソリューション第2部
TOGAF8 Certified Individual(The Open Group認定アーキテクト)
民間企業、中央官庁のナレッジマネジメントやEA、SaaSに関するシステム・コンサルティング、システム構築に従事。著書に『ITとビジネスをつなぐエンタープライズ・アーキテクチャ』『サーチアーキテクチャ』(いずれも共著)などがある