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 IT系職場には、「うつ病」に悩む人が少なくないという話はよく聞くが、専門家によれば、実は「適応障害」も多いのだそうだ。むしろ、「適応障害と診断されるケースの方が多いのではないか」と話す医師もいるくらいだ。それほどポピュラーな病気のようだが、うつ病という言葉はよく知っていても、適応障害の病名については、皇太子妃の雅子さまに関する報道で初めて耳にした人もいるのではないだろうか。前回は、「解離性障害」と「適応障害」の違いについて取り上げたが、その後、「適応障害とうつ病の違いについて知りたい」という読者からのご意見もいただいたので、今回はこの両者の違いについて取り上げてみることにする。

 まず適応障害だが、前回も述べたようにこの病気は、「入学、就職、結婚、病気、事件などのはっきりとしたストレス因子によって、うつ状態や不安状態、攻撃的な行動などが引き起こされるもの」とされている。つまり、明らかなストレス要因があり、それに対する直接的な反応として、精神的に具合が悪くなっている状態が適応障害というわけだ。このため、心の状態を回復させるには、原因となっているストレス因子を取り除くことが必要とされる。なお適応障害では、原因となるストレスが始まってから3カ月以内に症状が出現するが、ストレス因子がなくなると、6カ月以内に症状は軽快するという。

 一方、うつ病は、「特にはっきりした体の病気もないのに、体も心も調子が悪く、日常生活に支障をきたす病気」とされる。またうつ病は、ストレスにさらされれば誰でもなる可能性があるため、「心の風邪」とも言われている。このようにストレスがきっかけとなって発症することが多い点では適応障害と似ているが、原因が明らかでなくても起こることがあるという点で異なる。さらにうつ病の場合、脳の中の感情を生む場所である大脳辺縁系などに障害が起きて、感情がうまく働かなくなっていることが分かっている。つまり、心の状態を回復させるには、発症のきっかけとなったストレスを取り除くだけではだめで、脳の中で障害が起きている部分を治すための治療、つまり「抗うつ薬」と「休養」が必要とされている。

 しかし、ここで疑問に思ったのは、うつ病は誰でも感じることがある“ゆううつ”の程度がひどくなった病気というが、適応障害もストレスに対してうつ状態や不安状態が引き起こされるものなのだから、両者の区別は難しくないのかということだ。例えば職場に嫌な上司がいて、そのストレスで調子が悪くなった人の場合、「うつ病」なのか「適応障害」なのかはどう見分けるのだろう? もし異動になって嫌な上司から離れることができた場合、元気になった人は適応障害で、それでも不調が続く人はうつ病? ならば適応障害は、脳に機能的な変化がまだ起きていない、うつ病の前段階、あるいは軽い状態とも言えそうだが…。

 専門家に聞いてみたところ、うつ病と適応障害の区別は、実はそれほど明確ではないのだそうだ。うつ病の診断には米国精神医学会によるDSM-IV(精神疾患の診断と分類の手引き)などの診断基準がよく用いられるが、外来では、うつ病と診断されないメンタルヘルスの不調に関しては、適応障害にあてはめられることも多いのだという。ただ、適応障害の場合、少なくとも本人にとって、かなり強いストレス要因があることが前提となっている。またうつ病は心の問題と捉えられがちだが、食欲がない、眠れない、体が動かない――など、実際は体全体の調子が悪くなる病気だ。これに比べると適応障害の方は、一見、割としっかりしているように見えるのだそうだ。

 IT系職場にうつ病や適応障害が多い理由には、労働時間が長い、トラブル対応・納期・客先対応などへのストレスが常にかかるといった労働環境の問題のほかに、会話が少なくメールばかり打っている、パソコン画面を長時間見続けることによる目の疲労や肩こり、運動不足などの物理環境の問題もあるという。「“適応障害”か“うつ病” かといった病名にはそれほど神経質になる必要はない。いずれにしても、まず自分の具合が悪くなっていることに気づくこと。そして、家族や友人、同僚など誰でもよいから、周囲の人に自分の不調について相談することが大切だ」と専門家はアドバイスする。
 
 うつ病の治療では“休養”が最も重要とされるが、休養が必要なのは、大脳辺縁系に不調をきたすような、過剰な心身の疲労が続く職場環境や対人関係などからできるだけフリーにするためと考えてもいいだろう。抗うつ薬も休養と組み合わせないと効果はあがらない。とにかく疲れを無視しないように、そして自分だけでストレスを抱え込まないように――ということだ。

瀬川 博子(せがわ ひろこ)
1982年国際基督教大学教養学部理学科卒。日本ロシュ研究所(現・中外製薬鎌倉研究所)勤務を経て、88年日経BP社に入社。雑誌「日経メディカル」編集部で長年にわたり、医学・医療分野、特に臨床記事の取材・執筆や編集を手がける。現在は日経メディカル開発編集長として、製薬企業の広報誌など医師向けの各種媒体の企画・編集を担当。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)技術委員。