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ネットでものを作りあげるための指導原理

 そしてオープンソースにおけるものづくりのスタイルとかスピリットというのは,「ハッカー精神」に求めることができると考えています。ドイツの社会学者マックス・ヴェーバーは著書「プロテスタンティズムの 倫理と資本主義の精神」(大塚久雄訳,岩波文庫)で資本主義は職業を天職として勤勉に価値を置くプロテスタンティズムの倫理によって支えられてきたと指摘しています。

 であるとすれば,資本主義の次に来る社会のエートスとは「ハッカー精神」ではないか(参考「リナックスの革命 ハッカー倫理とネット社会の精神」,Pekka Himanen,Linus Toevalds,Manuel Cstells著,安原和見,山形浩生訳,河出書房新社刊)。お話したように,オープンソースは,UNIXに始まる技術者たちが積み重ねてきたものの延長線上にあります。ハッカーというのは,これらを作り上げてきた優れた技術者に対する尊称です。

 ハッカー精神とは,以下の点において特徴付けられると私は考えています。

・情報共有は善
・好きなことを追求する
・それ自体で完結する大きなものより,他人が利用しやすい小さなものを作る
・ユーモアを忘れない

 製造業においては「ブラックボックス化」が重要なキーワードになっています。同じ製造装置を購入しても真似できない「秘伝」をどうやって隠すかが,競合相手に勝つためのポイントになる。

 しかしオープンソースの,ハッカーのやり方では,隠すことではなく,オープンにすることで価値が高まる。他人が自分の成果を利用しやすくなるから。複製コストがゼロであるため,使っても減らない。かえって品質が高まり,ノウハウや連携するソフトが増えて価値が向上する。またアイデアの段階からオープンにすれば,多くの人を巻き込むことができる。

 ネットにおいては,距離というのは,情報の質および量ですね。隣に座っていても,地球の裏側にいても,メールが届く時間はほとんど同じです。近いところというのは,質の高い情報をたくさん来るところです。だから質の高い情報をたくさん発信すればいい。Rubyはまさにそうやって世界に普及してきた。最近はブログでまめに近況を書いている人なども多く,私も同僚の行動よりそういった人たちの行動にくわしくなってしまったりします。

 Ruby City Matsueプロジェクトがやろうとしていることも同じです。地方だけど,有用な情報を発信することで,中心になる,とこの講義でも講師を務められた,松江市の田中哲也さんはおっしゃっている(田中氏の講義動画)。

 好きなことを誰よりも深くやる。不得意なことはネット上の誰かに任せる。組織の壁がないから,組織ですべてをやる必要はない。それよりも,必要なものであれば小さい部品でもいいから,世界で最もいいものを作る。小さなものを小さな単位で作り,ネットに公開しフィードバックを受ける。そうすればそれは世界中に使われる。

 Linus Torvaldsさんが書いた本の題名が「Just for Fun」,邦題が「それがぼくには楽しかったから」(Linus Torvalds,David Siamond著,風見潤訳,中島洋監修,小学館プロダクション刊)というんですけど,オープンソース的なあり方は,金銭以外の動機が大きい。人が集まってくるために重要なのは楽しさです。UNIXという名前からして,そのきっかけとなったMulticsのもじりです。

 Hacker's Dictionary(翻訳「ハッカーズ大辞典 改訂新版」,Eric S. Raymond編,福崎俊博 訳,アスキー刊)という,ハッカーによるスラング(俗語)を集めた本があるんですが,これが大半は冗談で,すさまじく分厚い。ハッカーというのはプログラムと同じくらいジョークを作ってるのかと思います。ちなみにこの本は,オープンソースという言葉を作った一人であるEric S. Raymondさんが編集しています。

 ハッカーは,変わり者と見られることも多い。でも私はそうではなくて,ハッカーの仕事のスタイルとその価値感というのは,複製コストゼロ,組織や距離の壁が存在しないという条件下で最も効率的に生産行為を行うために,必然的に合理的にたどりついたものであると考えています。

 梅田望夫さんはその著書「ウェブ時代をゆく」の中で,これから何十年もかけて,ネットの上にもう「ひとつの地球」が作り上げられていくと表現しています。それは物質でできた地球と対をなす,情報でできた地球です。ソフトウエアで成功したことが他の領域でもすべてうまくいくわけではない。でもオープンソースの方法論,ハッカー精神には,この「もうひとつの地球」の上でなにかを作り上げるためのヒントがあるはずです。

 今の日本の十代や二十代は,いつも情報をネットで発信して公開するということを,空気のように自然に思っている。だから,今の十代や二十代から,とても大きなものが生まれる可能性があると考えています。世界に出て行く成果が,たくさん生まれてくるとすごく期待しています。

 最後に,オープンソースに関して,私がとても好きな言葉をご紹介させていただきたいと思います。吉岡弘隆さんという,ミラクルリナックスのCTOで,Linuxカーネルの開発にも参加されている方の言葉なんですけど,梅田望夫さんとの対談の中でこうおっしゃっています。「オープンソースは歴史上で普遍的なものだ。なぜなら,人の善意と悪意,あわせれば善意のほうが大きいからだ」(関連記事)。ネットには不正侵入や炎上や誹謗中傷や,いろんな悪意もあります。それは現実社会と同じです。でも人間はいいことをしたい,人の役に立ちたいと思っている。だからその建設的なものが社会や文明を作り,ネットの上ではオープンソースやコミュニティを作っている。

 本日のお話が,みなさんのこれからに参考になれば幸いです。ご静聴ありがとうございました。