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 「日本は刃物でゾーリンゲンに完敗した」。ある趣味系雑誌の編集者から聞いた話である。日本の刃物メーカーが自らそう評しているのだという。そんなわけで、次号ではドイツ・ゾーリンゲンの有名メーカー、ヘンケルス(Zwilling J.A. Henckels)を取り上げる予定なのだとか。何でも同社は、MIYABIシリーズと名づけた和包丁の日本での製造に着手、それを新たな世界戦略商品にする計画を推進しているらしい。

 以前に、欧米系の外人観光客のお土産品として、日本製の包丁がちょっとしたブームになっているという話を紹介したことがある。日本製刃物の評価は依然として高いということだろう。でなければ、ヘンケルスが「日本製」にこだわる理由もない。つまり、刃物の評判はいいのに、企業競争としては日本メーカーがドイツメーカーにしてやられたということか。

 そもそも、「ゾーリンゲンの刃物が今日あるのは日本刀のおかげ」という話を何かの本だか雑誌だかで読んだことがある。明治維新以降、日本は富国強兵路線をまい進する。その際、「どの国をお手本にしようか」と考え、試行錯誤の結果、陸軍はドイツに倣うことに決めた。この結果、高名なメッケルのごときドイツ軍人が「お雇い外国人」として来日する。そこで彼らは、まだまだ現役の武器として活躍していた日本刀の切れ味と強靭さを目の当たりにして仰天してしまった。「これはパクらなきゃ」ということで名刀を調達して母国に送付、分析してもらう。その成果を取り入れて一層高い評価を得たのがゾーリンゲンの刃物であり、ドイツ戦車の装甲だった、といった話だったように記憶している。

あえて無視したのか?

 その中では、「日本刀が卓越した切れ味と強靭さを兼ね備えることができる秘密は、ミクロ、マクロな構造にある。ところがドイツはそこには思い当たらず、秘密は鉄の成分にあると思い込んでしまった。だから、素材としての鉄を詳細に分析し、そこに含まれる微量成分を割り出して優れた鋼材を作り出そうとした」という解釈がなされていた。そうなんだぁ、と最近までその説を無邪気に信じていたのである。

 いや、それは違うのでは。そう思い始めている。「秘密は構造」という通り、日本刀は芯鉄とそれを包む皮鉄というカーボン含量が違う鉄を組み合わせた構造になっている。それは、割ってみなければわからないことかもしれない。けれど、折り返し鍛錬という方法で鍛えられた鉄の肌には、木目のような模様があり、しかも刃の部分と他の部分では明らかに鉄の肌が違う。これは外見からも明らかなことで、それを見逃したとはちょっと思えない。

 では、なぜあえてこの構造的な秘密を解き明かし応用しようとしなかったのか。それは、「量産性」ということなのではないかと思う。微量成分を鉄に加えることによって刃物の性能を上げることができれば、その「技術」は広い分野で容易に応用展開できる。けれど、日本刀のような複雑な構造をいきなり量産品に取り入れることはとても難しいことだろう。そのことを考え、あえて成分だけに焦点を絞ったのではないかと想像しているのである。

手でやった方が楽なのに

 その意を強くするものに出会った。「バウハウス・デッサウ展」での、ある展示である。ちなみにバウハウス(Bauhaus)とは、1919年にドイツで設立された美術工芸学校。ナチスによって1933年には閉校させられているので存続期間は14年であるが、「モダニズムの概念と方法論は、この時期この場所で生み出された」といっても過言でないほどの成果を残し、後世に絶大な影響を及ぼした。

 その代表的作品の一つに「デッサウのバウハウス校舎」があり、現在は世界遺産に指定されているようだ。展覧会では、その校舎を建設する様子を記録した映画がビデオ放映されていた。「よくこんな資料が残っていたなぁ」と思って何気なく見ていると、何だか鉄板でできた柱材のようなものがベルトコンベアみたいなものの上でダーっと移動してきて、それを専用ツールでもって加工している。その次にはこれまた専用のコンクリートを流し込む仕掛けが出動してきて、さらにはそれをならす装置、コンクリートをペタペタ叩いて空気を抜く(?)装置などが次々に登場してきた。こうして、まったくライン生産の量産工場のような方法で、その柱材とおぼしきパーツを作っているのである。

 これにはかなり驚いた。完成する校舎は、工業の時代にふさわしいモダニズムの極地のような建築物なのだが、その作り方もモダニズムというか、工業そのものだったのだ。ただ、無理やり「工業化」している風もある。いちいち専用ツールを使うのがまどろっこしくて、どうも効率がいいようには見えないのだ。日本で同じ設計図を元に同じ建築物を建てることになったら、たぶん、左官さんとか大工さんとかが終結して職人技を駆使し、もっと短時間に手際よく完成させてしまうのではないか。

 同じようなことがバウハウスでデザインされたランプでもあったようだ。それは、金属性の円柱の上に球状のシェードを載せた卓上ランプで、そのパーツといい完成した姿といい、いかにも量産性が高そうなデザインにみえる。けれど当時の加工技術ではかえってこうしたものは作りにくく、非常にコスト高になるものだったのだという。