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 捕鯨反対の問題は,誰に対しても納得のいく説明ができないことにある。これは,前回(第11回)のこのコラムで指摘した。環境思想の中でも,痛みを感じる動物を人と平等に扱うべきとする「動物解放派」が展開するような筋の通った理論もあるが,キリスト教を持ち出し,「『聖書』に四つ足以外の動物は食べてはいけないと書いてある」というような主張では,日本人が反発するのは当然であろう。

 では,環境思想で見たとき,捕鯨を支持する立場はあるだろうか? 「捕鯨反対」の論理的な裏づけが動物解放だとしたら,捕鯨を支持する説得力のある考え方は何なのか?

クジラが食べる魚の量は年間3億~5億t

 環境思想の中に「生命中心主義」と呼ばれる一派があり,その中に「生態系保存主義」がある。生態系をそっくり保存しようという思想であり,人間を生態系の中で位置づけようという思想でもある。

 19世紀米国のエコロジスト,アルド・レオポルドの思想に出発点を置き,今日の代表的な理論家であるJ・ベアード・キャリコットやホームズ・ロールストン3世により展開されている環境倫理である。生態系とは,食物連鎖のような形で,太陽から始まるエネルギー・フローが循環しているという考え方。その中を様々な動物が相互に依存しながら生きている。これを倫理の骨組みとしようというものである。

 生態系全体を保護する必要があると考えたレオポルドは『砂漠の暦』の中で「山の身になって考える」と述べた。シカなどの獲物を自然からの収穫物と考えていたレオポルドは,それを荒らす害獣オオカミを撃ち殺した。オオカミの目から青い光が消えていくのを見たとき,レオポルドは山とオオカミにしかわからない約束を知った。シカが増えれば,山の樹木は食い荒らされる。オオカミによって山は守られていた──。

 これを捕鯨に当てはめれば「海の身になって考える」ということか。激増しているミンククジラの腹の中は,サンマ,スケソウダラ,スルメイカ,カタクチイワシで満杯だったという。なにしろ日本鯨類研究所の試算ではクジラが1年間に食べるエサの量は3億~5億t。世界の年間漁獲量でさえ1億tなのである。