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 「技術力には自信があるんだけど、どうもカネ儲けがヘタでねぇ」

 メーカー在籍時代、さらには記者として多くのメーカーで経営者や技術者にお話をうかがうたびに、耳にタコができるほど聞いたフレーズである。文字で書けば自嘲、反省の弁ともとれるが、実際に生でうかがうとそうでもない。ほとんどの場合、笑顔で、ときに誇らしげに語られるのである。

 私も多少は常識をわきまえた社会人なので、そのような場面に遭遇すれば微妙な笑顔で「そうですかぁ」などとあいまいに受け流す。だが、責任ある立場の人からこのような発言が飛び出すと、かつて技術者であった私はそのたびにイラっとしたものだ。発言は「技術者は頑張っていい技術を開発してくれるけど、会社はその成果を利益に結びつけることができない」ことを白状したもので、誇らしげにそれを言うということは「それに関して責任はぜんぜん感じていない」ということだろう。少なくとも私には、そう聞こえてしまうのだ。技術者に限ったことではないけれど、努力して成果を出した人がちっとも報われないシステムというのは、何ともやりきれないものである。

ついに売られてしまうのか

 「それはイカンぞ」という、いっぱし義憤みたいなものがずっと心の隅にあった。で、どうするか。カネ儲けもちゃんとできるようにならなきゃならない。そうか、技術経営か、という思いが、かつて手掛けた日経ビズテックという雑誌の創刊へとつながっていったのだと思う。そんなわけで、その創刊案内パンフレットにも冒頭の話を書いた。「技術があるのに儲からない」ということは、「いい食材はふんだんにあるのにろくな料理が作れない」ということと同じ。それはマズいから、新雑誌では技術を価値に昇華させる手段を真面目に議論していきます、と宣言したのである。

 それもすっかり過去の話になってしまったが、それを改めて思い出させてくれる事件が最近あった。沖電気工業(OKI)が半導体部門を分離、子会社化し、その株式の大部分をロームに譲渡する計画であることを発表したのだ。先に「メーカー在籍時代」と書いたけど、そのメーカーとはOKIのことで、「技術力には自信があるのだが・・・」というフレーズを私の脳裏にしっかり刻み付けてくれた思い出深い場所である。そこの技術者に会えば、ようやく流行らなくなってきたそのフレーズがいまでも聞けるという、貴重な会社でもある。

 とにもかくにも、OKIは私にとっては「母校」である。実際にいたのは基盤技術研究所というところだったが、やっていたことは半導体と実に関連が深く、しかも研究所は半導体事業の主拠点と同一敷地にあった。そんなわけで、この会社の半導体事業に関わっている知人は多い。彼らの顔が、このニュースを聞くや脳裏をかすめた。あいつら、これからどうなるんだろうと。

絶好調だった半導体部門

 わたしがその会社にいたころにも、「独立会社にした方がいいよね」などという話をよく耳にした。けれども、理由は今回とまったく違う。

 入社当時、日本の半導体はまさに絶頂期を迎えつつあった。主力商品の64KビットDRAMは注文殺到で値段が急騰、それでも作るはじから売れ、新人研修では半導体の営業担当者が「注文を上手に断るのが営業の仕事」などと放言するご時勢だった。ところが、絶好調の半導体部門にひきかえ、他部門はどうもさえない。そんな状況下、「自分たちが一生懸命稼いでも他部門に吸い取られるだけ。いっそ独立子会社化してもらって、自分たちの稼ぎは自分たちで使えるようにしよう。半導体はこれから先、もっともっとよくなりそうだし」といった声がどこからともなく上がり始めたのである。もちろん、現場社員のぼやきといったレベルではあるのだが。

 絶頂期には圧倒的な世界シェアを誇った日本製半導体とそのメーカーが、その後どのような経緯をたどったかは、読者のみなさまがご存知の通りである。OKIに関して言えば、そもそも企業規模も事業規模も大手に比べれば中途半端で、そのために巨額の開発投資と設備投資に耐えられず、まずは最先端プロセスを使うメモリ事業から撤退し、ついに今回、半導体事業そのものを手放す決断をしたと伝えられる。

日立がやるからウチもやる

 かつては人気抜群の花形職場で、収益の柱、将来を担う期待の星だった半導体の事業部署が、なぜここまでダメになったのか。改めて考えてみる気になり、その手始めにと一般的にはどんな解釈がされているのかを調べてみた。

 そこでわかったのは、多くの論評で、先にも触れた「規模の問題」を取り上げているということである。半導体事業は開発投資や設備投資にやたらカネがかかる。だから、業界のトップ10にも入れないOKIがこの事業を続けていくのはそもそも無理なのだと。

 確かに、OKIには昔から「身の程知らず」的な傾向があったような気がする。私がOKIに入社した1984年当時は、電電四社(旧電電公社に製品を納入する大手通信機器メーカー4社)という言葉がまだ現役で、現に「OKIのライバルであり友人でもあるのはNEC、日立製作所、富士通の3社である」と新人研修でも教えられた。そして、「この4社が手掛ける事業はすべてOKIもやらねばならぬ」と信じていたようだ。一時は他の3社に負けじとメインフレーム事業までやっていたのである。

 けど、OKIと他の3社では企業規模も売上高もぜんぜん違う。可能な開発投資、設備投資の額が歴然と違うのである。でも、彼らがやるならうちもやる。当然、「何をやってもシェアは大抵3社より下」という構造ができあがる。半導体に限らず、多くの事業がこじんまりとして何だか中途半端だったのではないかと思うのである。

 それでも、事業参入当初は結構頑張っていたりする。確か、パソコンなども80年代前半は健闘していて、if(アイエフ)シリーズがシェアで上位にいたような時代もあった。半導体も『日経エレクトロニクス』のバックナンバーで調べてみると、1984年時点での生産高ランキングでは国内8位で、年間66%の伸びで7位をうかがう勢いだったようだ。ちなみに、ソニーやシャープより上位である。けど、パソコンもそうだけど、手掛けるのは早く創成期にはそこそこの位置を占めるのだが、参入メーカーが増え競争が激化してくるとじりじり順位を下げいき、ついには事業的にうまみのないポジションまで落ちてしまう。それがお決まりのパターンだったようだ。