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 工事進行基準と日本版SOX法(J-SOX)は、実はものすごく関係が深いのではないか――2007年秋ころから、記者はこんな疑問を抱いていた。受託ソフトウエアの開発に対し、工事進行基準の適用がほぼ決まりかけた時期だ。だがJ-SOXと工事進行基準の関係について明確に説明する文献はないに等しく、取材でもその話に出会えなかった。

 「工事進行基準もJ-SOXも投資家保護を目的として適用される」「J-SOXの適用対象であるITベンダーが09年4月期以降から工事進行基準を採用すると、内部統制の整備・運用を見直さなければいけない」。こうしたたぐいの話は色々なところに書かれている。

 記者の最大の関心は、工事進行基準を採用したITベンダーが実施する「見積もりの作成」や「進捗の把握」といった業務プロセスが、J-SOX対応の対象となるかどうかだった。J-SOXの適用対象となるとしたら、ITベンダーの負担が格段に増えるのは間違いない。あいまいになりがちな見積もりや進捗の把握といった作業を、論理的な根拠や客観的な証跡を示して外部に説明できるレベルで実施しなければならないからだ。

 ただでさえITベンダーが工事進行基準に対応するのは大変だと言われている。J-SOX対応のレベルが求められるとしたら、大変さはさらに増す。そんな予感がしつつ、確信が持てなかった。

 結論から言えば、ITベンダーが実施する見積もりなどの業務プロセスがJ-SOX対応の対象となるのは間違いなさそうだ。自ら上場している、あるいは上場企業の子会社・関連会社としてJ-SOXの対象となるITベンダーは進行基準とJ-SOXのダブルパンチを食らうことになる。

J-SOXは「売上高、売掛金、棚卸資産」にかかわるプロセスが対象

 ここで工事進行基準とJ-SOXの仕組みを振り返ってみたい。工事進行基準は売上高の認識基準の一つで、開発の進捗に応じて売上高を計上する方法である。これまでシステム開発の売上高は、ユーザー企業が検収してから計上する「工事完成基準」を適用するのが標準だった。工事進行基準は2009年4月以降に始まる事業年度から受託ソフトウエア開発に原則、適用となる。ITベンダーは今、準備の真っ最中だ。

 工事進行基準でカギになるのが進捗の把握である。「原価比例法」と呼ぶ方法を採用するのが一般的だ。プロジェクトの開始前に発生する原価を見積もる。ソフトウエア開発プロジェクトの場合、原価はほぼ人件費となるだろう。見積もった原価を分母に、実際にかかった原価を分子にとって、進捗を計算する。この結果を当初予定の収益と掛け算すれば、その時点までに計上できる売上高がわかる。

 一方、J-SOXは財務報告の信頼性を担保する制度である。財務報告に虚偽記載や誤りを防ぐために内部統制の整備・運用を求めている。08年4月以降に始まる事業年度から、上場企業やその関連会社などに適用が始まっている。企業内のすべての業務プロセスが対象になるわけではなく、財務諸表に影響のあるプロセスが内部統制の整備・運用の対象になる。J-SOXの参考書といえる「財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準」では、例示として「売上高、売掛金、棚卸資産」といった勘定科目に大きくかかわる業務プロセスを評価の対象にするとしている。

工事進行基準では見積もりの誤差が売上高に直結

 問題は工事進行基準を採用する場合、「見積もりの作成」が売上高に直結する重要な業務プロセスになると考えられることだ。原価や収益の見積もりが狂えば、計上する売上高まで影響を受けてしまう。このためJ-SOXに対応する際の重要なプロセスとして、原価や収益の見積もりプロセスが含まれる可能性が非常に高いのだ。

 先日記者が参加したある講演でも、公認会計士の方が明確に「工事原価の見積もり」をJ-SOX対応の重要なプロセスの例として挙げていた。

 J-SOX対応の対象業務プロセスとなれば、内部統制の整備・運用状況の有効性を評価するための文書を作成する負荷が増える。社内の評価作業や公認会計士などの外部監査人による監査のために、見積もりの根拠となる書類を保存するといった証跡を残す作業も必要になる。

 「これまでの経験と勘で原価や収益を見積もりました」「メンバーからの報告を単純に合算したら進捗はこの程度です」では、監査人に説明できない。論理的な根拠を用意しなければならない。しかも「勘と経験」や「メンバーの報告の単純な合算」だけでは、プロセスに統制(コントロール)が整備・運用されていないと見なされる可能性が高い。プロジェクトマネジメントの一環として、社内で進捗を把握するのとは大きな違いだ。

受難の時代を「チャンス」に転じられるか

 工事完成基準を採用していたITベンダーは今、工事進行基準の適用に向けて準備を進めている真っ最中だ。先日、ITproに掲載した「SI契約に変革迫る進行基準」に対する反響をみても、IT業界の関係者に関心が高い話題だと実感している。

 しかし初年度は「準備期間が短すぎて、すべての案件に適用するのは不可能だ」という意見もあるくらい、工事進行基準への準備は大変である。そのうえ、J-SOXの適用対象となっているITベンダーはJ-SOX対応用の文書や証跡を用意する負担がかかる。

 工事進行基準とJ-SOXという“最悪”のコンビによって、ITベンダーは受難の時代を向かえそうだ。これを「コンプライアンス(法令順守)に単に対応すれば済む問題」ととらえるか、もう少し前向きに「これまでのIT業界の慣習を変えるチャンス」ととらえるかで、今後のITベンダーの競争力にも差が出るかもしれない。