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 筆者が銀行のシステム部門で2~3年の経験を積み,ようやく一人前の仕事がこなせるようになったころ,同じチームのメンバーの仕事振りを見ていて不思議に思ったことがある。12~13人程度の小さなチームだったが,大きな案件を抱えて皆大忙しだったにもかかわらず,なぜか暇そうにしているメンバーが2人いたのだ。しかも,2人とも超のつくベテランSEだった。

 ほかのメンバーが毎日深夜まで残業しているのに,この2人はほぼ毎日,定時に帰宅していた。筆者は納得がいかなかったので,チームを統括する課長に「なぜあの人たちに,もっと仕事を割り振らないのか」と聞いたことがある。すると課長はニヤリと笑ってこう言った。「彼らは予備兵力なんだよ」。

 課長が言うには,現在のプロジェクトに,チーム全員のマンパワーを100%使ってしまったら,“突発的な事態”が発生したときに身動きがとれなくなる。だから“平時”には80%のマンパワーしか使わない,というのだ。突発的な事態といっても色々ある。予測不可能なシステム・トラブルはその代表的なものだが,それ以外にも,システム開発案件に対する様々な“横やり”,行内検査や金融当局による検査への対応,ほかのメンバーが病気で倒れたときの補充,プロジェクトがピンチになったときの助け船,などがある。

 確かに,チーム全員が1つのプロジェクトにかかりきりになったら,こうした“有事”に全く対応できないだろう。対応しようとすれば,当面のプロジェクトを止めざるを得なくなる。そうならないようにするには,いつでも動ける予備兵力を常に用意しておく必要があるのだ。

 しかも,予備兵力は腕利きでなくてはならない。実際,先に述べた2人は,相当大きなトラブルが起きても2人だけで片づけてしまえるスキルを持っていた。彼らは普段ヒマそうにしていても,何か事件が起きたらフル回転で活躍したものだ。凄腕だから,あっという間に事件を解決し,翌朝には何事もなかったような涼しい顔をしていた。あまりに手際が良すぎるので,新米だった筆者から見ると,いつもヒマなように見えたのだろう。筆者は彼らを単なる遊軍と勘違いしていたわけだ。

 筆者はその後,管理職になってみて,チームに予備兵力をキープしておくことが,いかに難しいかを痛感した。それができないために,有事の際に大変往生した記憶がある。予備兵力を置くことの重要性は理解しているつもりだったが,管理職の立場からすると,非常に勇気のいる難しいことだと分かった。

 腕利きメンバーを主要プロジェクトに使わずに置いておくのはもったいない,という戦術上の理由もあるが,最大の弊害は「人情」である。システム部門の最前線にいるメンバーは毎日てんやわんやの大忙しだ。大半が昼夜を問わず,へとへとになるまで働いている。そんな状況で,一部のメンバーだけに定時で帰る余裕を与えるなんて,人情的になかなかできるものではない。予備兵力としてアサインされるメンバー自身も気が引けるだろう。周囲のメンバーから羨望とも嫉妬とも嫌味ともとれる視線を浴びながら,毎日定時に帰るなんて誰だって嫌である。

 管理職たる者,優秀なメンバーをあえて予備兵力としてキープしておくには,自分が悪者になる勇気と,チーム内の不協和音を抑え込む腕力と,予備兵力の重要性を皆に納得させる説明能力が不可欠だ。残念ながら筆者は鬼になれなかった。そのため,有事の際には人手不足で右往左往したものだ。今となっては大いに反省している。

 読者の方々には筆者の二の舞を踏んでほしくない。いま管理者の読者も,将来管理職になる読者も,堂々と予備兵力を置く勇気と度量を持ってほしい。果たして読者諸氏は悪者になれるだろうか?

岩脇 一喜(いわわき かずき)
1961年生まれ。大阪外国語大学英語科卒業後,富士銀行に入行。99年まで在職。在職中は国際金融業務を支援するシステムの開発・保守に従事。現在はフリーの翻訳家・ライター。2004年4月に「SEの処世術」(洋泉社)を上梓。そのほかの著書に「勝ち組SE・負け組SE」(同),「SEは今夜も眠れない」(同)。近著は「それでも素晴らしいSEの世界」(日経BP社)