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山本 直樹
ベリングポイント
テクノロジーソリューションチーム シニア マネージャー


 前回は、“クリティカル”な部署のBCPについて解説した。第5回となる今回は、このクリティカルな部署の一つである営業部門の対応について解説する。

 営業部門は、顧客との接点である。企業が長期的かつ安定的に収益を上げるには、その源泉である顧客をつなぎとめておくことが不可欠であり、このことは、自社が被災した状況においても、変わることはない。不測の事態に直面した際に、顧客への対応を適切にできるかどうかで、その後の事業の浮沈が決まると言っても過言ではない。

「事業影響度分析」における非財務的な要素とは

 本連載の第1回では、「BCM(事業継続マネジメント)は、CFO(最高財務責任者)の責任領域」と述べた。これは、業務の中断が、財務に直結するリスクだからである。業務が中断すると、受注活動や工場のラインが止まり、機会損失をもたらし、その結果として収益が減少する。業務中断が財務的な影響を及ぼすことは明白だ。ここでいう財務的な影響とは、売上高や利益などの数字そのものであり、客観的にその大小を判断することができるため、指標としては、とても分かりやすい。

 一方、同じ第1回において、事業影響度分析(BIA)には「非財務的な要素の考慮も必要である」と述べた。この「非財務的な要素」という概念は、財務的な影響に比べて、あいまいで分かりにくいのではないだろうか。

 今回はまず、この「非財務的な要素」とは何なのか、どのような考慮が必要なのか、を考えてみたいと思う。その答えは、「誰のためにBCMに取り組むのか」を考えてみると、次第に見えてくる。

 財務的な影響度は、「業務中断によって、自分たちの会社の収益が、どれだけ減ってしまうのか」という、極めて主観的な観点で分析した指標である。いわば「自分たちの都合」であり、これが可視化できさえすれば、必然的にBCMに取り組むインセンティブが働くはずである。

 これに対して非財務的な影響度は、「自社の業務中断によって、外部のステークホルダー(利害関係者)にどれだけ迷惑がかかるか」という、対外的な影響を起点として考えると分かりやすい。ステークホルダーに及んだ影響は、回りまわって、必ず自分たちの事業にも影響を及ぼす。したがって、自社に対する影響度を導き出すためには、ステークホルダーに及んだ迷惑の度合いを分析することが有効なのだ。

 ただし、この指標は、定量化できるとは限らない。経営者や社内のキーパーソンたちが、じっくり検討を重ね、企業としての考え方を明確にしたうえで、ある程度、定性的な判断をせざるを得ないのである。

 では、「定性的な判断」とは、どのようなものなのだろうか。いくつか例を挙げてみる。

 第1回では、電気、ガス、水道などの社会的なインフラや交通機関など、公共性の高いサービスを提供している企業を例に取り上げた。これらの企業にとっては、社会全体が重要なステークホルダーであり、影響範囲は大きい。したがって、「自社の財務的な損失を度外視してでも、サービスの継続に努める」というのが判断の結果になるだろう。

 純粋な民間企業の場合、事業上最も重要で、かつ直接的な影響があるステークホルダーと言えば、おそらく顧客だろう。誰(どの企業)が自社にとって重要な顧客なのかを考え、自社の業務中断が、顧客の事業に対してどのような影響を及ぼすのかを検証し、そのうえで対応の優先順位を付ける。「顧客ごとの売上構成比」や「長年の付き合いで築いた信頼関係の深さ」などが、対応の優先順位を付ける際の判断材料になるはずだ。

 顧客によっては、不測の事態において、他の顧客よりも優先した緊急時対応が受けられるよう、契約書やSLA(サービス・レベル・アグリーメント)に、特約条項を付加することを要求してくる企業もあるはずだ。余分な契約料を払ってでも、業務の継続に必要なリソースを確保できるよう、発注者である顧客も、真剣に考えている。このような顧客に対しては、受注者側も手厚い対応をとることになるだろう。

何かが起きてから優先順位を考え始めたのでは遅い

 企業によるBCMの取り組みと対比させるために、災害医療の現場における緊急時対応のアプローチを紹介する。

 大規模な交通事故や伝染病の集団感染などが発生すると、その発生現場では、「トリアージ」と呼ばれる対応が行われる。これは、現場に駆けつけた医師と、負傷者を搬送する救急隊が、機能的に分業しながら、効率的に連携するための手法である。

 事故の規模が大きく、現場に相当数の犠牲者が存在する場合、地域のいくつかの医療機関から医師が何人も駆けつける。これらの医師の主な役割は、本格的な治療ではなく、患者に処置の優先順位を付けることである。

 医師は、一人の患者を診断すると、またすぐ次の患者、という具合に短時間に多くの犠牲者を診る。そして、診断結果を「トリアージタグ(「トリアージ・タッグ」と表記することもある)」と呼ばれる識別表に記すのだ(図1)。

図1●トリアージタグ(提供:東京都福祉保険局)<br>大規模な事故や感染病が発生したときに、どの患者の処置を優先的に行うべきかを、色によって一目で分かるようにする
図1●トリアージタグ (写真提供:東京都福祉保険局)
大規模な事故や感染病が発生したときに、どの患者の処置を優先的に行うべきかを、色によって一目で分かるようにする
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