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 プロジェクト・マネージャ(PM)は,プロジェクトにおけるコミュニケーションの要である。多くのステークホルダーに接しており,いろいろな情報が集中する。多くの人と接するという職務であるが故に,ステークホルダーとも衝突しやすい。

 そういう場合,議論を避けようとするPMがいる。何を言われても議論を戦わせることなく,ただ「うん,うん」とうなずいているだけで,結局他人の意見を全く聞かないPMや,「そうだね,そうだね」と言うだけで,他人の意見に振り回され,揚げ句,プロジェクトの進むべき道を見失うPMなど様々である。これらはすべて,必要な議論を行わなかったために生じる問題である。PMたるもの議論を恐れてはいけないのだ。

温厚なFさんの失敗

 Fさんは入社20年目のベテラン社員である。Fさんの口癖は,聖徳太子の「和を以て貴しと為す」。入社以来,常に周囲と協調することに注力し,周りからも「温厚でいい人」と呼ばれる存在であった。今回,Fさんは数百人月規模のシステム開発プロジェクトのPMを任されることになった。規模的に複数の協力企業を用いることが予測されたためで,Fさんの協調性が最大限発揮されると考えられての抜擢だったのである。

 プロジェクトがスタートし,要件定義フェーズからFさんの会社の配下にA社/B社/C社/D社の4社が協力企業として参画することとなった。それぞれの会社からは,代表技術者が選任され,Fさんはその代表技術者を通じて各社を指揮する方式となった。

 A社の技術者は構造化設計のベテランである。C社の技術者はオブジェクト指向開発を専門とする。D社の技術者はモデラーと呼ばれる概念モデル構築を得意としている技術者だった。これほどの各種専門家が集まっているのである。周囲は当然最高の設計が行われると信じていた。

 データベース構造に関する非機能要件を決めるときのことである。Fさんの考え方と,A社,C社,D社の3社の技術者の考え方との間に不一致が生じた。データベース構造を決定する会議は,各社の代表が技術的な意見を戦わせる場となったのである。各社の代表にしてみれば,自分の最も得意とする分野での議論である。簡単には収まらない。

 Fさんはこの議論に積極的に参加せず,ただ白熱し高ぶった議論を押さえることに注力した。この会議を各技術者の主張を聞くだけの会議に方向付けしたのだった。会議は,どの技術者案にするのか決定せずに解散した。結論が出ずに終了した会議に対して各技術者は不安と苛立ちを感じ,個別にFさんに直談判に行った。

 Fさんはどの技術者に対しても「うん,うん。そうだね」と答えるだけ。明確に「これにしよう」という意思表示を行わない。それどころかFさんの意見を聞かれてもあいまいにして明確な答えを行わなかったのである。

 会議から約1カ月後,Fさんは各ステークホルダーに対して行うプロジェクト報告会議で「データベース構造の設計は概念モデルを中心とした設計方式で行きます」と報告したのだった。これには各社の技術者は非常に驚いた。そもそも,その方式を提言したD社の技術者でさえ初耳だったのだ。Fさんは「自分は最初からそう考えていた」と説明したが,D社以外の技術者は納得がいかなかった。実はこの案はFさんが当初から考えていた持論であった。しかし「人の和」を重んじるFさんとしては,各技術者との議論を好まなかったのだ。

 Fさんはその後も意志決定に際しては,他人に提案はさせるが議論はせず結果として持論を押し通す決定プロセスを押し通した。その結果,プロジェクト内部ではもう誰もFさんに対して新しい提案を持って行く者はいなくなってしまった。

 「和を以て貴しと為す」とは,聖徳太子が制定した「十七条憲法」の第一条にある言葉である。戦乱にあった当時「人々が仲良くすることが最も大事である」と説いた太子の言葉だ。しかし,「仲良くする」ということと「議論を行わない」という事は全く別の次元の話である。

 会議などで,議論になると「まぁ,まぁ・・・落ち着いて」とか,「そんなに激しく議論しなくてもいいじゃない」といった話になることはないだろうか。こういう人たちに限って,Fさんのように「会社の中の和が大事」と言わないだろうか。確かに和は大事である。しかし,それは「議論をするな」とは同義ではない。

 欧米人が,会議のテーブル上で激しく意見を戦わせ議論を行い,会議終了後にはお互いに相手を称え,握手して終わるという光景を見たことがないだろうか。基本的に日本人は議論が下手である。日本人同士の議論の場合,感情的な高ぶりから論理的な思考が停止してしまう場合が多いのだ。

 しかし,考えてほしい。10人の人間がいて,10人が全く同じ考えを持っている可能性は極めて低い。十人十色のことわざの通り,皆が違った意見を持っている方がむしろ自然なのだ。自分の意見を主張し,他人の意見を聞いて,相手の意見と戦わせる。少しずつ歩み寄りながら共通の合意点を探す作業こそが,議論なのである。

 PMたるもの,議論を恐れてはいけない。たとえそれが自分の上司や顧客など自分より上の立場の人間を相手にしたとしても堂々と議論を行わなければならない。議論はあくまで議論であり,意見を戦わせる場である。決して相手の人格を否定するものではない。これを忘れずに議論に臨めば,必ず相手も理解してくれる。

 PMは,本当の意味での議論と人の和を理解し,積極的に議論を行い,会議をファシリテートしなければいけない。その議論と人の和の意味を,自分が関わるステークホルダーに正しく理解させるのもPMとしての責務である。

上田 志雄
ティージー情報ネットワーク 技術部 共通基盤グループ マネージャ
日本国際通信,日本テレコムを経て,2003年からティージー情報ネットワークに勤務。88年入社以来一貫してプロジェクトの現場を歩む。国際衛星通信アンテナ建設からシステム開発まで幅広い分野のプロジェクトを経験。2007年よりJUAS主催「ソフトウェア文章化作法指導法」の講師補佐。ソフトウェア技術者の日本語文章力向上を目指し,社内外にて活動中。