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 我々日本人の会話は「聞き手責任型」の会話であると言われる。これは,何か物事を相手に伝えようとする場合に,その内容が正しく伝わったかどうかは,話を聞いた相手の理解に委ねるということである。

 プロジェクト・マネージャ(PM)が担当者に向かって「そこにあるパソコンだけど,今月中に大容量のハードディスクに交換して,厳密にテストしておいてね」と指示したとする。これを聞いた担当者はどう理解し,行動するだろうか。担当者が内容を確認すべく質問を返せばよいが,二つ返事で「はい,分かりました」と言うようでは,まず伝わっていないと考えた方がよい。指示したPMと担当者の間でコンテクストが同じであればよいが,そうでない場合,正しく伝わらない可能性が極めて高いからである。

 コンテクストとは,その事柄の前後関係,背景,場面,状況といった意味である。話す相手の持っている前提知識や,その人が経験してきたバックグランドなどを含む。

8秒ルールに困惑したYさんの失敗

 Yさんは今回,Web系システム開発プロジェクトのPMを任されることになった。このシステムは,小規模ながらもユーザーが対話形式でデータを入力する機能を持っている。このユーザー・インタフェース(UI)部分の仕様は,ユーザー部門もかなり力を入れていた。

 一方で,性能などの非機能要件については明文化された仕様が無かった。そこでYさんは,要となる検索画面だけでも明文化すべきと考え,単一条件下で検索ボタンを押されてから一覧表示するまでのレスポンス・タイムについて「3秒以内に応答する」という要件をユーザー部門から引き出した。

 その後,設計段階に入り,担当SEから次のような質問が出た。

 SE:各画面間の遷移に要する時間について規定はありますか?

 Yさんは次のように答えた。

 Yさん:画面遷移については明確な規定は無いな。でも,遅滞なく次の画面に切り替わればいいよ。違和感ない程度にね!

 それを受けて設計は行われ,順調に開発からテストへと進んだ。結合テスト・フェーズに入り,Yさんは画面遷移が遅いと感じた。担当SEに理由を確認したところ,次のような回答が返って来た。

 SE:画面遷移の時間については明確な指示がなかったので,8秒ルールを適用しました。

 8秒ルールとは「インターネットの世界では,画面遷移時に8秒以内に次のページを表示できなければユーザーは別のページに飛んでしまう」というものだ。これにはYさんはがくぜんとした。Yさんとしては,画面遷移ではないが「レスポンス・タイムは3秒」という仕様があり,どんなに遅くとも5秒以内には画面遷移が完了すると思っていたからだ。

 Yさん:この高速インターネットの時代に,8秒ルールなんて無いだろう!

 SE:そんなことはありませんよ。私の自宅はADSLの環境ですが,画面遷移に8秒程度待つことなんてざらにありますし,違和感ありませんよ。

 Yさんが普段使っているインターネット環境は,会社・自宅とも光ファイバー接続の高速インターネット環境であった。まさに,違和感という感覚に違いがあったのだ。担当SEの感覚からすると,画面遷移に違和感を感じない範囲は8秒だった。しかしYさんにしてみれば,違和感を感じない範囲は5秒だったのである。その後,この違和感の差を埋めるために大規模なチューニングが必要となってしまった。