半導体業界の巨人,米インテルを育て上げた伝説的CEO,アンディ・グローブの伝記である。「五,六人分の人生を送ってきたはずだ」と著者に言わしめるほどの波乱の人生は,欧州の戦中・戦後史,シリコンバレーと半導体産業の成立,マイクロプロセッサによる情報革命の軌跡にそのまま重なっている。読めば必ず得るものがある。
1936年,ユダヤ系ハンガリー人として生まれたグローブは,ナチス・ドイツの手を逃れ第2次大戦を生き延びる。戦後は共産党政権下での政情不安と経済情勢の悪化から米国への脱出を決意する。渡米後,米フェアチャイルド・セミコンダクタを経て,ゴードン・ムーアやロバート・ノイスらが1968年に旗揚げしたインテルに加わった。
1980年代に入ると,日本の半導体メーカーがDRAMで大攻勢を仕掛けてきた。ムーアらインテルの経営陣はインテルにとって命にも等しい存在だったメモリー事業をどうするか1年ほど逡巡した。1985年,グローブは一計を案じ,もし経営陣が一新されたらどう行動するかムーアに問うた。ムーアはメモリー事業から撤退するだろうと答えた。こうしてグローブは客観的に状況をとらえさせ,メモリー事業から撤退する決断を促した。恐ろしい困難に直面したとき,距離を置いて冷静に状況を見つめるグローブの資質を物語るエピソードである。
1987年にグローブはCEOに昇進する。その後,CISC対RISC論争,「インテル・インサイド」キャンペーン,ビル・ゲイツとの協力関係と確執,ペンティアムの発売とリコール騒動,前立腺ガンの克服といった出来事を経て,1998年にCEOを退任する。
著者はハーバード・ビジネス・スクールの教授で,企業マネジメントの観点での記述が多い。亡命時のエピソードや半導体産業について詳しく知りたければ,グローブ自身の手による「僕の起業は亡命から始まった!」と「インテル戦略転換」が参考になる。
上巻:アンディ・グローブ[上]
下巻:アンディ・グローブ[下]
リチャード・S・テドロー著
有賀 裕子訳
ダイヤモンド社発行
各2310円(税込)