オランダのアムステルダム市で9月12~16日に,欧州最大の放送機器展示会「IBC」が開催された。今年の「IBC 2008」ではNHKが,英BBCや伊RAI,EBU(欧州放送連合)などと協力し,スーパーハイビジョン(SHV)信号の伝送実験を行った。今回は,SHVが放送業界に与えるインパクトを検証する。
「IBC 2008」の会場では,欧州各国の放送信号の伝送システムや収録・編集環境に,「H.264」を使ったソリューションが確実に浸透してきていることがうかがえた。欧州では衛星放送の各プラットフォームが,「DVB-S2」方式によるスポーツや映画といった人気の番組の配信を本格化させている。今年になってBBCや仏France2といった国営もしくは民間の地上波放送事業者が,DVB-S2方式で衛星による直接配信(DTH)を行う形が増えてきた。こうした状況を受けてIBCの会場では松下電器産業がH.264対応の業務用カムコーダーの新製品を発表したほか,英Tandberg Televisionが収録から送出まで一貫して対応できるH.264ベースの放送システムを展示した。
光回線と衛星回線の2方式でSHVの映像を伝送
日米欧が完全デジタル化社会を迎えた後,よりハイエンドな次世代放送として注目しているのがSHVである。「Beyond HDTV」ともいえるそのフォーマットは7680×4230画素,毎秒60フレームのプログレッシブ方式であり,非圧縮のデータ情報量は24Gb/sに達する。IBCの会場内に設置されたNHKのブース「NHK Theater」では,ロンドンのシティーホール屋上に設置されたSHV用カメラで撮影した映像が写し出された(写真1)。英SISの協力によってその映像は独SiemensのMPEG-2エンコーダーに通され,英Cable&Wirelessの光ファイバー回線を使って約640Mb/sの伝送速度でIBCの会場まで伝送された。
もう一つの映像は,Eutelsat(欧州通信衛星機構)の通信衛星「Atlantic Bird3」のトランスポンダ(電波中継器)を2本連結させて,イタリアのトリノ市にあるRAIからアップリンクされた。変調にはDVB-S2方式を、圧縮には「H.264/AVC」を用いて,各トラポンに約70Mb/sの映像・音声データを通し,IBCの会場外に架設されたKuバンドのアンテナで受信した。元の映像は24Gb/sの信号だが,16個のH.264エンコーダーで約128Mb/s程度に圧縮できるのは,H.264方式が圧倒的な圧縮率を実現できるからである。
このほど試験放送を開始したスカイパーフェクト・コミュニケーションズのHDTV(ハイビジョン)放送「スカパー!HD」もH.264を採用しているため,約7Mb/s程度での配信を可能にしている。NHKは今回のデモを通じてSHVの完成度をアピールするとともに,BBCなどが新たに作成した「Dirac」と呼ばれるコーデックの規格を,SHVの標準化規格に取り入れようとするなど,世界各国の放送事業者と連携する戦略を打ち出している。
今回のNHKなどの取り組みは,IBC委員会から特別賞を受けた。今後,21GHz帯(Kaバンド)のトラポンを用いれば,今回の方式で128Mb/s程度のSHV映像と10Mb/s程度の22.2chサラウンド音声を伝送できるであろう。2011年の完全デジタル化以降の試験放送の取り組みを,実際のBS(放送衛星)を用いて実現してほしい。