
多摩大学 教授 ルネッサンスセンター長
中谷 巌氏
日本の歴史を振り返ると、本格的な海外進出は常に失敗に終わっている。7世紀の白村江(はくすきのえ)の戦い、16世紀末の朝鮮出兵、そして第2次世界大戦と負け続けてきた。原因は、世界情勢の情報分析力の不足とコミュニケーション能力の欠如にあった。これは現在の日本企業にも共通する。しかし、国内市場だけでは成長できない今、グローバル展開は必須となっている。
これまで、グローバル化は欧米を中心に展開してきたが、ここに来て大きな変化が起きている。BRICsといった新興国の急成長に代表されるように、グローバリゼーションは世界的な広がりを見せている。日本に馴染みのあるキリスト教圏の欧米だけでなく、それ以外の国々も対象となり、それだけ広範囲な世界の知識が求められる。
日本企業によるグローバル化の歴史には3つのフェーズがあった。第1フェーズは輸出中心で、大成功を収めたが、1980年代半ばから貿易摩擦のために方向転換を余儀なくされた。第2フェーズは、海外に製造拠点を移すというものだった。苦労はあったものの、日本流のきめ細かい生産技術の移転に成功し、概ね成功してきた。
多くの日本企業では客観的な分析が不足
問題は、今直面している経営全般のグローバル化という第3フェーズだ。人事や財務、R&Dといった高度な経営活動をグローバル化するためには、現場力の移転だけでは不十分だ。第3フェーズの課題の1つは、自社のグローバルに通用する本当の強みと弱みを認識し、峻別することだが、日本企業の多くはこの点、客観的な分析が不足している。また、もう1つの課題は、理念・ビジョン・価値観のグローバルな共有が求められるが、こうしたコミュニケーションは日本人が苦手とするところだ。
結果として、日本企業のグローバル化は、海外現地法人の経営が、本社から遊離・独立して放任されている“たこの糸が切れた”状態か、現地トップに日本人が就き、現地の一流の人材が離れ、採用が難しくなっているという状態に陥っていることが多い。
欧米と比較すると、日本のグローバル展開はオペレーションにこだわり、経営理念やビジョン、戦略が共有できていない。第2フェーズまではこれでも通用したが、第3フェーズではうまく機能しない。逆に、欧米企業は、経営理念やビジョンについては徹底的に現地化を図るスタンスで、オペレーションは現地に任せる場合が多い。
欧米とは違い日本企業は現場の意識の高さが強み
日本企業の強みを生かすには、オペレーションだけでなく、経営理念や戦略を明確に伝える必要がある。ただ、そこに“日本らしさ”を加えるべきだろう。考え方を現地の経営層に強要するのではなく、相手の国の文化、伝統、価値観を認めたうえで、許容する部分を残しておくことが重要だ。
そのためには、日本という国の強みと弱みを明確に認識する必要がある。日本は島国であり、民族の混合がないため、グローバルなコミュニケーションの経験が少ない。それに、基本的には平等主義社会で、同じ成果主義と言いながら、階級社会である欧米の成果主義とは理解が違う。
また、欧米企業では、一部のエリートが引っ張るので現場の当事者意識は希薄だが、日本企業は、現場の意識の高さが強みになっている。従って、欧米のリーダーはカリスマでなければならないが、日本のトップは現場のやる気にどう火をつけるかが重要な役割だ。一神教と多神教のように、リーダーシップのあり方1つとっても、欧米と日本ではまったく違う。
こうした違いは歴史が育んだものだ。その歴史の中に日本企業の本当の強さがあるのではないか。同じ成果主義であっても、日本の歴史的な展開を理解したうえで、どこまでやるのかを、日本的に決めて行くべきである。譲れる部分と、譲ってはならない部分を明確にしたうえで、相手を認めて許容するやり方が日本らしさではないか。
自社の強みを認識したならそれを譲らない姿勢も大事
それぞれの国のブランド力は、その国の歴史を反映している。移民の国である米国は、特殊な文化を排除して普遍性で勝負してきた。だからこそ、世界中どこでも通用する製品やサービスを生み出すことができる。一方、ヨーロッパは固有の文明に裏打ちされた商品が強い。例えば、ドイツは質実剛健なマイスター文化を生み出したが、これは米国にはないブランド力だ。
日本の強みは当然、日本文明の独自性にある。日本流のモノ作りは、品質へのこだわりと繊細な美意識によって、少し高いが品質は良いという「Made in Japan」のブランドを形成してきた。こうした日本企業の強みをもう一度きちんと整理したうえでグローバル展開に臨まなければ、流されてしまうおそれがある。
自社の強みをしっかり認識したら、その部分は譲らないという姿勢も大事だ。トヨタは、モノ作りへの理念であるトヨタウェイにこだわり、現場のやり方をビデオで徹底的に教育し、トヨタ流を広めている。テルモは「テルモの心」という日本的な感覚で書かれた小冊子を各国語に翻訳して配布し、様々な国から支持されている。
グローバル化に当たって日本企業はスキルに走りがちだが、経営理念といったベーシックな強みを、信念を持って伝えることも必要だ。そのためには、トップ層同士の深いコミュニケーションが不可欠で、ビジネス以外の場でどれだけ相手を感服させられるかが、成功のポイントになる。
ITの面では、日本は全体最適のシステムが作れていない。“担当者のためのシステム化”にとどまっている傾向が強い。しかし、ITのエッセンスは標準化である。現場意識の高い日本ならではの全体最適のあり方を、日本独自の文化の中でもう一度考えてみるべきだろう。日本企業の強みを強化し、全体最適を保証するシステムの構築が、グローバルで勝ち抜くための必要条件だと言える。