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一橋大学大学院 国際企業戦略研究科 研究科長 竹内 弘高氏
一橋大学大学院
国際企業戦略研究科 研究科長
竹内 弘高氏

 約25年前に、セオドア・レビットは、ハーバード・ビジネス・レビューに掲載した「The Globalization of Markets」というレポートで、「地球市場は同質化に向かう」と予見し、世界を1つの市場だと考えて経営すべきだと説いた。

 このレポートでは、日本が24回も取り上げられ、米国の14回を上回っている。最先端のモノをリーズナブルで提供していた日本は、グローバリゼーションで世界をリードしていたのである。

 そのグローバリゼーションは、3つの段階を踏んで進化する。最初は「国」がグローバル化し、次に「企業」、そして最後は「個人」がグローバル化するのである。トム・フリードマンは、米国でベストセラーになった「The World Is Flat」の中で、“グローバリゼーションが進むと、人種別の仕事はなく、一番適した人にその仕事がいく”と指摘している。日本でも梅田望夫氏が「ウェブ進化論」の中でフラットな世界の特性を解説している。

 今年の世界経済フォーラム、通称ダボス会議のキーワードは「The Power of Collaborative Innovation」で、フラットな世界での協調的イノベーションのあり方を問うものだった。私はこのダボス会議で、「Designing for Resilience」というワークショップのファシリテーターを務めた。どうしたら変化の中で粘り強く生きられるかというテーマで各国のCEOたちと議論を進めながら、私の頭に真っ先に浮かんだロールモデルは、トヨタだった。

約6年かけてリサーチしたトヨタの経営についての本

 今年6月に、「トヨタの知識創造経営~矛盾と衝突の経営モデル」という本が刊行された。米国で先行して出版された「Extreme Toyota」の日本語版で、私も著者の1人になっているが、准教授の大薗恵美と特任教授の清水紀彦が約6年にわたってトヨタをリサーチして著したものだ。彼らは11カ国、220人にインタビューして、トヨタに6つの特徴的な力が働いていることを解明した。この本では、「トヨタ生産方式」といったハード面ではなく、経営のソフト面にスポットが当てられている。

 私自身は、トヨタに対して素朴な疑問を抱いていた。トヨタは優良企業と言われるが、配当率がそんなに良いわけではなく、投下資本利益率もアベレージのレベル。役員報酬の総額は、自動車メーカーでは、後ろから2番目という低さだ。この本の著作に当たっては、「なぜ?」という疑問を投げかけるのが私の役割だった。

矛盾を自ら創り出しているそういう仮説にたどり着く

 サブタイトルの「矛盾と衝突の経営モデル」は、トヨタの経営モデルを一言で表している。

 トヨタにおける豊田家の持ち株比率は2%に過ぎない。しかし、依然として強い影響力を持っている。それはなぜか。実際に豊田章男氏に会ってみると、謙虚で努力家で、周囲から尊敬されていることが分かる。

 トヨタは普段から倹約を徹底しているが、4年に1度のイベントでは、大盤振る舞いをする。業務の効率は高いが、実は重複も多い。インタビューの時などは、5人くらい同席者がいるが、特に話もしない。見るからに無駄な気がする。私には、こうしたおかしなことが多々目に付いた。そこで、矛盾を自ら創り出しているのでは、という仮説にたどり着いたのである。

 もう1つの矛盾は、トヨタが自動車産業を製造業として見ていないことだ。彼らは知識産業として見ている。40年前ドラッカーは、産業社会から知識社会への移行を指摘し、生産手段は、機械や組み立てラインから、全従業員の頭と手に変わると説いた。ここで言う“頭”は形式知であり、デジタル化できる。一方、“手”は暗黙知であり、感覚・フィーリングといった質のものだ。

 トヨタはこの2つの違ったタイプの知を上手に利用して知識産業として事業を展開している。特に日本人は暗黙知が豊かだ。暗黙知は豊かだが、形にできない。日本の学生も頭が悪いのではなく、言葉にするのが不得手なだけだ。

不完全であり続けるのは成長の可能性があるから

 トヨタの国際競争力は、外にどんどん出て行く拡張力と、中に取り込んでいく統合力によって支えられている。

 拡張力を引き出すのは、実現不可能な目標、現地顧客対応、そして実験主義だ。1957年に発売されたトヨペット・クラウンは、米国に向けて2台輸出されたが、大失敗した。急な坂道だとハイウエイに入ることもできない車で、初めから実験と割り切っていたという。

 統合力は、創業者の哲学、双方向の人間系神経システム、そしてUp-and-Inの人事管理によって生み出されている。双方向の人間系神経システムは、「人的World Wide Web」とも呼べるもので、アナログで情報を共有し、トヨタ内部に取り込む。前述したインタビューへの同席もそうした行動の1つだ。トヨタでは、Face to Faceというアナログとデジタルの両方を駆使した情報共有が重要視されている。

 また、人事管理も欧米とは明らかに違う。例えば、課長の基準で一番大事なのが、人を引き寄せる“人望”であり、2番目が“忍耐力”。納豆のような粘り強さが求められる。ダボス会議で私がファシリテーターをした「Resilience」がまさにこれだ。“人望”にしても“忍耐力”にしても、一緒に仕事をしてみないと分からないということに注目してほしい。トヨタは、そうした基準を重んじる会社だ。

 トヨタは常にゆっくり動いていて、突然ジャンプすることがある。その背景には、テーゼに対するアンチテーゼが必ずあり、ほかと違った考えをする人を組織に抱え、自ら不完全であり続けようとする経営モデルがある。不完全であるからこそ、前途に成長の可能性がある。トヨタは、成熟していない「緑のトマト」であり続けるよう努力しているのである。