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1960 年生まれ,独身フリー・プログラマの生態とは? 日経ソフトウエアの人気連載「フリー・プログラマの華麗な生活」からより抜きの記事をお送りします。2001年上旬の連載開始当初から,現在に至るまでの生活を振り返って,週1回のペースで公開していく予定です。プログラミングに興味がある人もない人も,フリー・プログラマを目指している人もそうでない人も,“華麗”とはほど遠い,フリー・プログラマの生活をちょっと覗いてみませんか。

 「将来独立することは考えていないのですか?」という質問が,一種の“ほめ言葉”として使われることがあるようだ。言外に,あなたは優秀なのに,ずっと会社員のままでいるつもりなのですか,というわけだ。まあ一種のおせじのようなものかもしれない。

 かくいう私も,会社勤め時代に一度ならず言われたことがあるが,そのたびに「いや,私は金勘定をして暮らすのがいやだから」と返していた記憶がある。時は1990年代半ば,バブル経済がかげりを帯びてきたころで,経営者といえば何かあるたびに資金調達に奔走するというイメージが強かった。それだけではない。私は昔から間接業務がとても苦手なのだ。申請書のたぐいはもとより,旅費や交通費の精算が2,3カ月遅れるのは当たり前。今だからこそ言えるが,上司にとがめられるのを恐れるあまり,上司の机からハンコを無断借用して経理担当に頭を下げてやっと受理してもらったこともある。こんなやつが独立して,自分一人で何もかもやっていけるわけがない。

 ほかにも理由はある。私はおそらくほかの人に比べてとても不器用でのろまなのだ。とにかくスイッチが入るまでに時間がかかる。スイッチが入ると,ほかのことが何もできなくなってしまう。隣の同僚を見ると,プログラムのデバッグをしたり仕様書を書いたりしながら,インターネットでえっちな画像をダウンロードしたり,掲示板を読んだりしている。私にはこうした器用さがない。営業をしながら開発の仕事をしつつ,社員や部下の面倒を見るなんておそらく無理である。そしてもう一つ,これが一番重要なことなのかもしれないが,独立したとしても,私を指名して仕事をくれる人なんているわけがないじゃないか,という気持ちもあった。

 要は,自分はひたすらシステムを設計したりプログラムを書いたりするのが楽しいのであって,それで食っていけさえすればいいのである。いや,むしろ雇われている方が気楽に違いないと,ずっとそう思っていた。私は過去に会社都合を含めて5~6回ほど転職してきたが,すべて30~50名程度以上の規模の会社であり,仕事もチームでこなすような規模のものが多かったから,自分一人で採算が取れているかどうか,などということを考える必要がなかった。営業はもちろん他人任せであるから,受注した案件に自分がアサインされるところからスタートするのだ。だから,先に書いたように,のほほんとした考え方しかできなかったのは無理もないと言える。

 転機は1990年代の後半に訪れた。ある会社で私が所属していた数人の組織が丸ごとスピンアウトして,別会社に雇われたような格好になった。スタッフは業務系SEが主体で,私一人がシステム関係というか,下まわりを得意としていた。新しいソフトウエアが来ると,私が率先して評価する。Visual Basicから帳票を印刷したいという要件にこたえるために,Excelをリモート・コントロールするコンポーネントを作って提供する。イントラネットでやりたいと言われれば,IIS+ASPからVisual Basicで書いたコンポーネントを呼び出し,Oracleに接続する方法を模索する。そして,こなれたものをスタッフに渡してほかの案件に役立ててもらう,といった具合である。

 重要な役割とも言えるが,新しい技術が次々に出てきて,それをこなせないと飯の種にならない,という状況にあってこそ必要とされるポジションである。古いやり方で十分に食っていける状況なら,むしろ不要である。例えば,オフコンをリプレースするといった案件であれば,特に目新しい技術は必要ない。だから,私のような人材を常時確保しておく理由はない。最悪の場合,余剰人員である。

 この組織は,最初のころは継続案件で何とかやっていけたのだが,新規案件の開拓がいまひとつ思うようにいかなかった。このままではまずい,ということで,営業というほどのものではないが,何年か前に同じプロジェクトにかかわった会社の担当者に連絡を取って面会をお願いした。「最近仕事が減ってきたのだが,皆さん同じような状況なのだろうか」といった質問をすると,「仕事ならいくらでもあるよ」と意外な答えが返ってくる。そればかりか「きみ,やらない?」とまで言ってくれる。これはラッキーだと思って仕事の内容を聞いて,がっかりした。ネットワークがどうこうとか,Windowsのデスクトップ・アプリケーションをJavaやC++で開発するとか,独自開発のWebブラウザとか,そういった仕事ばかりなのである。私が得意とするジャンルではあるが,組織で受けられなければ意味はない。

 自分一人でもいいからとにかく売り上げを確保して,組織の役に立とうという考えは,そのときにはまったく思い浮かばなかった。むしろ,何かトラブルがあったときに,組織あるいは会社にフォローしてもらえない仕事は受けるべきではないという考えの方が強かった。なぜって,それが会社で仕事を受けるということだから。個人でやっているわけではないのだから…。などと自問自答する中で,次第に,一つのぼんやりした可能性を考えるようになっていった。

 一人でやるしかない仕事があって,そういう仕事ならいくらでもあると言う。私は,自分の顔を覚えていてくれそうな人を次々と訪問してみた。本当に仕事があるのかどうか,直接仕事をもらうというスタイルで食っていけるのか,ということを確認したかったからだ。答えは常に「イエス」であった。しかし,矛盾するようであるが,当時はまだ本気で独立しようとは思っていなかった。それなら副業でやるか? いや,不器用な私のことだから,きっとお客さんに迷惑をかけてしまうに違いない。ちょうどそのとき,前に勤めていた会社の同僚の紹介がらみで,アルバイトの依頼があった。今考えると,これがターニング・ポイントであった。(以下,次回へ続く)