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 2008年の最も重要なキーワードと言える「クラウド・コンピューティング」。その本質と企業や社会に対する影響を,幅広い視点で描いた大著だ。これまでクラウドについて書かれたどんな本や記事よりも知見に富んでおり,面白く読めた。現在起こっている変革の本質をつかむためには最適の書であり,ITに関わるあらゆる人が読むべきである。

 前半はクラウド・コンピューティングの本質について,19世紀終わりから20世紀初頭にかけて,電力供給会社が誕生したことによる社会の変化を例にあげる。それまで各企業は工場に隣接して自前の発電所を築いていたが,電力供給会社のサービスへと急速に切り替えていった。電力会社が発電所を集中化することによって“規模の経済”が働き,より低コストの電力供給が可能になったからだ。

 米グーグルや米アマゾンなどの“クラウド”によってコンピューティングの分野に起こっている変化も,電力と同じような転換を生むと著者は指摘する。コンピューティング・パワーはネットワークを通して供給することが可能になり,電力と同じく“規模の経済”が働くユーティリティと化した。著者は近い将来,企業は自前でデータ・センターを運営し,IT投資をすることが無意味になると断言する。自前のデータ・センターは,私設の発電所と同じような運命をたどるというのだ。

 著者はコンピューティングのユーティリティ化の影響範囲は電力会社誕生の時以上に大きいとも語る。コンピュータの利用はソフトウエアによって供給されるため,ネットワークを通してより広い分野にその機能を提供できるからだ。例えば電力会社は供給先の掃除機の機能までは提供できない。しかしコンピューティングのユーティリティ化はそれに値する機能を提供でき,さらに“規模の経済”によって集中化できる。だからこそ電力会社の登場よりも大きな経済ルールの変化が起こる可能性があるわけだ。

 後半では一転して,ユーザーの視点からクラウド・コンピューティングによる変化を考察する。ここで述べられているのは,すべての人にとって決してバラ色とは言えない未来図だ。“クラウド”によるコンピューティング・パワーの集中化は,低コストで少人数によるサービス開発を可能にする。そうして生まれたサービスの中には,YouTubeやソーシャル・ニュース・サイトのように,ユーザーが無償で作成したコンテンツを巧みに利用し,それを価値ある商品に変える流れが生まれている。結果的にコンテンツの生産と消費の経済に大きな転換が起きており,例えば新聞業界のような既存メディアの弱体化につながっているという。

 本書にはこのような幅広い視点の議論が多数盛り込まれている。私たちが歴史的な転換点に直面していることを否応なしに気付かせてくれる。

クラウド化する世界

クラウド化する世界
ニコラス・G・カー著
村上 彩訳
翔泳社発行
2100円(税込)