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 大手プロバイダ(インターネット接続事業者,以下ISP)がそろって業績を伸ばしている。2008年3月期の売上高を見ると,前年度比で10%以上伸びているISPも少なくない(図1)。これにはインターネット接続サービス以外の事業の収益が含まれるものの,各社とも“本業”の接続事業が堅調であることは間違いない。

図1●ISPに事業の見直しを迫る二つの難題<br>足元の業績は好調だが,将来は厳しい状況が待ち構えている。現状でもトラフィック増加に苦しんでいるにもかかわらず,さらにIPv6対応が控えている。
図1●ISPに事業の見直しを迫る二つの難題
足元の業績は好調だが,将来は厳しい状況が待ち構えている。現状でもトラフィック増加に苦しんでいるにもかかわらず,さらにIPv6対応が控えている。
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 背景にあるのはFTTH市場の本格的な立ち上がりによる契約数の伸び。NTT東西地域会社にとっては思惑通りに膨らんでいかないFTTH市場だが,ISPには大きな経済効果をもたらしている。

 ところが実情を探ると,表面に見えるほど状況は芳しくない。

「値上げしかないか」とつぶやくISP

 ある大手ISPの担当者は,ため息交じりにこう漏らす。契約数の伸びはそれほど多くないのに,トラフィックはペースを落とすことなく増え続けている。設備投資がかさみ,ユーザー当たりのコストは上がるばかりだ──。

 流れるトラフィックが増え,絶えず設備増強に追われている状況は,これまでと何ら変わらない。足元の業績は好調なので,トラフィック増加に対応できる余裕がある。だから今すぐどうこうという話ではない。

 問題はその先だ。急速にブロードバンド化が進むインターネット接続サービスの市場は,着実に飽和に向かっている。にもかかわらず,トラフィックは増え続ける。このままいけば,収入はほとんど増えないまま,設備増強だけを迫られるようになる。

 同時に,IPv4アドレス枯渇対策という課題がISPを待ち構えている。具体的にはルーターやサーバーのIPv6対応,IPv4アドレスの延命といった取り組みが必要になり,これにも莫大なコストがかかる。

 「設備コストの伸びは早晩,売り上げの伸びを上回る。業界全体がタブー視してきた大規模な値上げを,真剣に検討せざるを得なくなるかもしれない」(前述した大手ISPの担当者)。

 事実,トラフィックは増加の一途をたどるばかりだ。特に影響が大きいのがYouTubeやニコニコ動画,GyaOといった動画サービス。ユーザーの増加に加え,今後はコンテンツの高画質化や長時間化が進み,トラフィックはますます膨らむ。アクトビラやGyaO NEXTのように数Mビット/秒の高画質映像を配信するサービスが登場した。トラフィック増加に拍車がかかることが予想される。

 もちろん,通信回線やネットワーク機器も高速化が進み,ビット当たりの投資額は下がる傾向にある。これらを導入すれば,ある程度は対処できるはずだ。実際,これまでもISPはそうしてきた。現在,バックボーン・ルーターのインタフェースの主流は10Gイーサネットで,トラフィックが予想を超えて伸びない限り,あと2~3年は心配ないとするISPが多い。

 ただ,その先の見通しが立たない。「40Gイーサネットが登場してはいるが,現在の製品は大手通信事業者向けで単価が高く,コストの低減効果はまだ見えていない」(NECビッグローブ 基盤システム本部の岸川徳幸・統括マネージャー)。さらにその先には100Gイーサネットも控えているが,標準化は2010年以降と言われ,ISPが利用できるのはだいぶ先になりそうだ。

年間の契約純増数はこの2年で半減

 契約数が伸びているうちは,それでもまだ投資もしやすい。ところが,契約数の伸びは既に鈍化し始めている(図2)。国内のブロードバンド・サービス契約の年間純増数は,2003年や2004年の500万~600万件から,2007年には約260万件にまで減少している。

図2●いずれ契約数は頭打ちに<br>ブロードバンドの契約数は2008年6月末時点で2934万件で,伸びは既に鈍化している。数字は総務省発表のもので,ブロードバンド全体の契約数はFTTH,xDSL,CATV,FWAの合計。
図2●いずれ契約数は頭打ちに
ブロードバンドの契約数は2008年6月末時点で2934万件で,伸びは既に鈍化している。数字は総務省発表のもので,ブロードバンド全体の契約数はFTTH,xDSL,CATV,FWAの合計。
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 合計契約数は2008年6月末時点で2934万件に達している。全国の世帯数は2008年3月末時点で約5232万件。「1世帯に1回線」と考えればまだ伸びしろはあるが,今後,年間純増数はさらに落ち込むはずだ。

 これは,薄利多売のビジネスモデルを展開する現行のISPにとって危機的な状況を意味する。ISPがADSLやFTTHサービスで得ている収入は,1契約当たり月額1000円前後に過ぎない。ユーザーがADSLやFTTHサービスに支払う料金は回線の高速化とともに高くなっているが,その大半はNTT東西などのアクセス回線部分の料金が占める(図3)。ISPのインターネット接続料はADSLよりFTTHの方が高くなっていることが多いが,最大伝送速度の違いで差を設けているだけで,その差はわずかである。

図3●ISPの一般的なビジネスモデル(NTT東日本のフレッツの場合)<br>ISPの収益からネットワークの構築・管理,顧客サポート,販売促進費などのコストを除くと,利益はほとんど残らない。薄利多売のビジネスモデルのため,契約数の拡大が大命題となる。
図3●ISPの一般的なビジネスモデル(NTT東日本のフレッツの場合)
ISPの収益からネットワークの構築・管理,顧客サポート,販売促進費などのコストを除くと,利益はほとんど残らない。薄利多売のビジネスモデルのため,契約数の拡大が大命題となる。
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 ISP各社はその収入から,ネットワークの構築や運用管理コスト,顧客サポート費,広告宣伝費,販売促進費などを捻出しなければならない。フレッツ・サービスの場合はアクセス回線部分の販売数に応じてNTT東西から販売奨励金が入るが,初期費用や月額料金を割り引くキャンペーンの原資に充てることが多く,手元にはほとんど残らない。ISP各社はコストを切り詰めながらなんとかやり繰りしている状況だ。

IPv6対応のコストは計り知れない

 これに,IPv6対応が追い打ちをかける。現行のIPv4アドレスは,早ければ2010年10月にも枯渇すると予測されている。総務省の「インターネットの円滑なIPv6移行に関する調査研究会」が2008年6月にまとめた報告書では「日本でIPv4アドレスを補充できなくなる時期は早ければ2011年初頭になる」。総務省は,2010年までにIPv6対応すべきだとし,移行計画の策定と移行作業の実施をISPに促している。

 とはいえ,IPv4アドレス枯渇の対応作業は一筋縄ではいかない。例えばネットワーク機器のIPv6対応だけでなく,IPv4アドレスの延命策として「キャリア・グレードNAT」を導入しなければならない。端末に複数のIPv6アドレスを割り当てた際に正常に通信できなくなる「マルチプレフィックス問題」への対策も欠かせない。「ユーザー・マニュアルの改訂からサポート担当者の教育などを含め,影響はサービス全体に及ぶ」(インターネットイニシアティブ ネットワークサービス本部長の島上純一・取締役)。IPv6対応のためにかかる総コストは計り知れず,ISPがこのコストを負担しきれなければユーザーへの料金に転嫁せざるを得ない。

新たな事業領域の開拓が急務

 こうした事態を避けるためにISPに残された策は,新たな事業領域の開拓である。「ネットワーク設備で差異化できる部分はほとんどなく,“接続事業”としてのISPの役割はもう終わっている」(フリービットの石田宏樹社長 CEO)。販売促進費を積み増して同じパイを奪い合っても無駄に体力を消耗するだけである。持続的な成長を図るためにも,新収入源の確立が急務だ。

 市場の飽和は着々と迫り,残された時間は決して長くない。業績が好調な今は,次の戦略を練る最後の猶予期間なのである。