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 「環境モデル都市」をご存じの方も多いだろう。低炭素社会の実現に向け、高い目標を掲げて先駆的に取り組む自治体のことで、審査されて正式に認定されている「資格」である。今年7月には89自治体から提案があり、6自治体が選ばれている。企業におけるISOと同じで、取得しておけば評価も高まるのであろう。

 選ばれた6自治体は、さすがに特色のある政策を打ち出している。そして多くの自治体が名乗りを上げたこと自体は環境意識の進んだ表れと評価したいところなのだが、問題はその中味。名乗りを上げた都市の中には、現在存在している自然を保持することのみが「政策」であるというレベルが見られる。それのどこが悪いのかと反論されそうだが、これは環境思想的に見れば、まるで1960年代に見られた自然保護でとどまっている観があり、「生きている化石」を見ているような錯覚を覚えたのだ。

 そもそも「あるがままの自然を維持する」動きは、1908年に米サンフランシスコ市が水源・電源としてヘッチヘッチ渓谷でのダム建設を申請したことから始まったとされている。ダム建設を巡って米国営林局の初代局長ギフォード・ピンションと、シェア・クラブ創設者ジョン・ミュアーとの間で論争が展開された。

 ともに自然を守るという点では意見が一致しながらも、ピンションは人間のために資源として自然の有効利用を考えており、自然そのものに価値があると見なすミュアーとではダム建設の是非で正反対の立場となったのである。

 当時としては「自然をそっくり保護する」というミュアーの意見は相当に過激なものと考えられた。しかし、それから100年も経過すると、ミュアーの思想を過激と思う人はいなくなる。ミュアーが設立したシェア・クラブ自体も穏健な自然保護団体として、より過激なグループによって批判されるに至っている。自然に対する意識は、単なる現状の自然維持といった60年代から、70年代の環境保護の時代を経て、今やエコロジーの時代に突入している。

 エコロジーの意識となれば、エネルギー・フローの問題がクローズアップされなければならない。そうなると進んだ意識の代表格は例えばドイツのアーヘン市、日本では岩手県葛巻町とか鳥取県北栄町のように自力でエネルギーを作り出している自治体となってくる。自然エネルギーを利用して町おこしにまでつなげている自治体こそは模範になるもの。それは単なる「環境モデル都市」ではなく「環境コミュニティ」に向けて前進している自治体なのであり、実験されているのは「身の丈に合った経済」の確立である。なんといっても、エネルギー問題こそは環境問題の根幹を形成する要素の1つなのであるから、そこにメスを入れない政策はバランスを欠くということになる。

 化石燃料を使わないことはCO2の削減に大きく貢献するが、百歩譲ってエネルギー創出以外の削減策をとるにしても、「削減」とは現状のレベルを下げて成り立つものだから、自然任せだけではなく、今のやり方を見直してなんらかの代替政策がなければならない。といって「文明の利器」すべてを否定して原始生活に戻れというのは極端。そこまでいかなくともCO2は減らせる。