実装方法の具体化に腐心
金子と大久保は9月中旬ごろには、IP電話システムと、在席管理機能、インスタントメッセージの導入を提案することに決めた。骨子は固まったが、2人は気を抜かなかった。「システムの概要を提示するだけでは他社と差異化できない。できるだけ具体的な実装方法を詰めて、提案しよう」と決意した。
IP電話システムの実装方法については、利用者の使い勝手を考慮し、従来の固定電話と同じように使える、IP電話機に決めた。これだけでは足りない。「IP電話システムを構築する際に導入することの多いソフトフォンを採用しない理由」について、相澤から質問される可能性があったからだ。
この回答を金子は提案書に明記した。「ソフトフォンを導入する場合、ハンドセットとパソコンがなければ、電話をかけられない。これでは、利用部門が操作に慣れるまでに時間がかかってしまう」といった内容である。
不足する在席管理やインスタントメッセージについては、エスエス製薬が以前、関心を示していた製品を導入できるかどうかを、検証する必要があった。その製品が、マイクロソフトのユニファイドコミュニケーション・システム向けソフト「Office Communications Server(OCS)」だ。同製品は、在席管理やインスタントメッセージなどの機能を備えている。この点は問題がなかった。
ところが2007年10月の提案時点では、OCSが出荷前ということもあり、NTTコムが提案することに決めたシスコと国内メーカー製のIP電話機とデータをやり取りできるかどうかが分からなかった。
不安を解消するため、金子と大久保は、「IP電話機メーカーがOCSの動作を保証するかどうか」の調査に乗り出した。ここでは細心の注意を払った。
情報収集先である国内メーカーは、コンペの競合相手だったからだ。「自分たちの動きを悟られないよう、以前から付き合いがあり、信頼できる担当者と連絡を取り合った」。大久保は当時を振り返る。
この調査を通じ、国内メーカーとシスコから「既に技術者がOCSの動作確認を済ませ、問題がないことが分かっている」ことが分かった。2人は安心して、OCSの導入を提案することにした。
金子は2007年10月初旬、提案書を提出(図)。7社の提案書のうち、NTTコムの提案内容について「具体的で分かりやすい」と相澤は評価。エスエス製薬はNTTコムに加え、付き合いの深かったネットワークインテグレータA社の2社に委託先候補を絞った。

導入効果と開発体制をアピール
最終選考を前に相澤は、予算を増額し、経営陣に承認してもらう必要に迫られていた。2007年10月時点で、当初よりも新システム構築の予算が上回ることが分かっていたからだ。
この点に金子は目を付けた。金子は、エスエス製薬の利用部門へのヒアリングを通じて、新システムの投資対効果(ROI)を独自で算出。「経営陣は必ずROIを聞いてくる。これが分かれば、新しい予算を(相澤氏が)通しやすくなるはずだ」と考えた。相澤も「金子氏が持ってきたROIに関する情報は、社内資料を作るのに役立った」と振り返る。
最終提案では、やる気をアピールするため、具体的なプロジェクトの推進体制図を明示したのだ。NTTコムのプロジェクトマネジャや担当SE、協力会社である三井情報の担当者の氏名や人数などを記した体制図を、最終提案書に盛り込んだ。
スケジュールについても、要件定義や設計、システム開発といった大まかなレベルにとどめず、機器の手配や配線といった細かな作業の日程を具体的に提示した。
「体制やスケジュールが具体的な内容で、A社に任せるよりも成功率が高いだろう」。相澤はこう評価し、2007年11月、NTTコムに発注した。