例を挙げましょう。図2は,ある日系多国籍企業の2008年3月期の決算書です。同社の連結ベースでの当期純利益は数千億円でした。ところが,同時に数千億円の当期純損失でもあります。いったい,どういうことでしょうか?

この違いは,会計基準の違いによるものです。前者は日本の会計基準,後者は米国会計基準に基づいて行った決算の結果です。
両者に違いが生じたのは,合併に際して発生したのれんとその減損損失に対する考え方が異なるからです。減損損失とは,資産の収益性が低下して投資額の回収が見込めなくなった場合の価値の下落分のことです。
米国基準ではのれんとその減損損失を計上することを定めています。ところが日本の現行会計基準では,計上が求められていません。これが数千億円もの違いにつながったのです。
グローバルの時代に求められる「万国共通の基準」
では,日本の基準と米国の基準のどちらが企業の実態を的確に表しているのでしょう。どちらの情報を信じて意思決定すべきでしょうか。情報を利用する側からすれば,判断に迷ってしまいます。
少し前の話ですが,1999年3月期から2004年3月期まで英文で作成された財務諸表の監査報告書にはこんな記述がありました。「この財務諸表は日本の会計基準で作成されており,また,監査も日本の監査基準で行われている」。
これは欧米の大手監査法人(ビッグ4)が付けた警句(レジェンド)です。先進国の中で唯一日本基準に対してだけ,こうした警句を付けていました。財務諸表が米国会計基準やIFRSでなく,日本固有の会計基準に基づいて作成されていることを,日本国外の利用者に注意喚起する必要がある。ビッグ4はこう考えていたようです。世界経済で日本の存在は大きいにもかかわらず,会計基準の充実度や成熟度は国際的に見ると遅れている。こうした印象を国内外に与える結果となりました。
このころと比べても,企業の事業展開はよりグローバル化し,国境を越えた投資活動が活発化する一方です。企業の資金調達活動もグローバル化が加速しています。この時代に世界の投資家が必要としているのは,「万国共通の基準」です。
財務情報を作成する上で基礎となる会計基準が国際的に統一され,万国共通のものさしとなれば,投資対象を横並びに比較できるようになります。もう日本の基準と米国の基準のどちらで意思決定すべきか,悩む必要はなくなるわけです。結果としてグローバルな投資活動に弾みがつき,企業活動のグローバルな成長を後押しすることにつながるでしょう。
しかし,万国共通の会計基準を作るのは容易ではありません。会計基準は各国に固有の税制,各種規則,会計慣行,商慣習などの影響を強く受けています。統一化しようとすると,数え切れないほどの課題や壁が立ちはだかります。
この難題に果敢にチャレンジしている組織があります。EU諸国から参加したメンバーが主導的な役割を果たす国際会計基準審議会(IASB)です。このIASBが万国共通の会計基準を目指し,世界をリードする形で作成しているのがIFRSなのです。不可能と思われたヨーロッパ諸国の統合を実現した知恵が,ここでも生かされているのかもしれません。