「地上波放送の完全デジタル移行に向けて,NHKは七つの対策を進める」――。NHK技術局計画部担当部長の森山繁樹氏(写真1)は,地上波放送の完全デジタル化を見据えたNHKの取り組みを説明した(図1)。
三つの対策で地上デジタル放送を全地域に提供へ
七つの取り組みのうち三つは,地上デジタル放送の放送信号を国内の全地域に100%届けるための対策である。すなわち,(1)地上デジタル放送の中継局の整備,(2)共聴施設のデジタル化,(3)放送衛星(BS)を利用した地上デジタル放送の難視聴対策(衛星セーフティーネット対策)――である。
(1)はNHKが鋭意取り組みを進めている。2008年12月初旬時点におけるNHKのデジタル中継局数は約600局で,全世帯のうち約96%をカバーしている。現在の世帯カバー率をさらに高めるには,「小さい局をゲリラ的に造っていかなければいけない」(森山氏)という。NHKは2010年末までに,デジタル中継局を約2200局にまで増やして,世帯カバー率を約98%にまで高める計画だ。「『残り2%のために何千局作るのか』と良く言われるが,これはどうしようもない。日本の場合は細かい局でカバーしていかないとカバーしきれない」と新たな小規模局が必要な理由を強調した。
NHKは(2)の共聴施設の整備も順次実施している。2007年末時点で「NHK共聴」(NHKと視聴者が共同で運用している共聴施設)の施設数は8200件であり,このうち約7200件はデジタル改修工事を行う必要がある(約1000件は電波による良視化などにより施設廃止となる見込み)。2008年11月末時点で約2500件のデジタル化が完了した。「地元の管理組合との(改修工事に関する)調整までが非常に時間がかかるが,それが済めばスムーズに作業が進む」(森山氏)という。残りの約4700件は2010年度末までに完了する予定だ。
共聴施設にはNHK共聴以外に,視聴者が自主的に設置した「自主共聴」がある。NHKは2008年11月に総務大臣の認可を受けて,自主共聴を対象にした支援事業も実施できるようにした。これはNHKのデジタル難視地域にある自主共聴が地上デジタル放送を安定的かつ継続的に受信できるように,施設の整備または維持費用の一部を助成するというものだ。
(3)は,中継局や共聴施設のいずれでも地上デジタル放送の電波を届けることができない世帯の救済策である。こうした世帯に向けて,「放送衛星(BS)を利用した地上デジタル放送の難視聴対策(衛星セーフティーネット対策)」を実施することが国の施策として決まっている。NHKは地上デジタル放送の2チャンネルを提供するなどしてこれに協力する。
残る四つは,地上デジタル放送の受信環境を整えるための取り組みである。具体的には,(4)新たな難視聴世帯の発生やデジタル混信などへの対策,(5)視聴者からの地上デジタル放送に関する相談に対応するための国の補助事業である「テレビ受信者支援センター」への協力,(6)地上デジタル放送の周知広報,(7)より多くの国民が地上デジタル放送を楽しめるようにするための技術の開発――である。
(4)は新たに発生する難視聴世帯への対応策である。地上波放送のデジタル移行によってチャンネルの周波数がVHF帯からUHF帯になったり,デジタル中継局の整備に伴って地上デジタル放送同士の混信が発生したりして,アナログ時代は地上波放送の番組を視聴できていた世帯が新たに「地デジ難民」になることが懸念されている。放送事業者は国や地方公共団体と共同で2009年8月をメドに,地上デジタル放送の難視聴地区の状況や対策手法,実施主体などを取りまとめた「地デジ難視地区対策計画(仮称)」を策定する方針だ。NHKもこの作業に参加する。(5)の地上デジタル放送に関する相談に対応する拠点であるテレビ受信者支援センターへの協力は,NHKがこれまでに培ったノウハウを活用する。
周知広報のさらなる強化の必要性を強調
(6)の地上デジタル放送の周知・広報活動については,総務省とデジタル放送推進協会(Dpa)が2007年から2008年にかけて全国で地上デジタル放送をアピールする活動である 「“地デジ体感”全国キャラバン」を展開するなど,既に動きが出ている。ところが森山氏は,「もっと周知広報を強化する必要がある」と主張する。「2008年夏の調査によると,地上アナログ放送の終了日が2011年7月24日と知っている人は75%強だった」として,まだまだ地上デジタル放送に関する情報が十分に浸透しておらず,さらなる関係者の努力が必要という姿勢を示した。
(7)は,地上デジタル放送においてデジタルデバイドが生じないように,情報がすべての人に伝わるようにするための技術の開発である。例えばNHK放送技術研究所では,視覚に障害のある人向けに,触覚や音声で画面上の情報を知らせることができる「触角ディスプレイ」の開発を進めている。高齢者が番組の音声を聞きやすくするため,音声の特徴や音質を変えずに時間の遅れなくゆっくりした音声に変換する「話速変換技術」については,「既に実用化された」という。また自動字幕制作技術についても研究を進めている。
記事公開当初,最後から2番目の段落で「地上デジタル放送の終了日が2011年7月24日と知っている人は75%強だった」との表現がありましたが,「地上アナログ放送の終了日が2011年7月24日と知っている人は75%強だった」に訂正しました。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2009/2/17 13:54]