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「教師がプログラマーになった理由」 HOWS(ハウズ) 代表取締役副社長 CTO 庄司 渉 氏

 ソフト技術者になろうと思ったきっかけを教えてください。

 社会人のスタートは,教師でした。高校で数学を教えていたんです。30年ほど前,まだ教師として駆け出しの頃,東芝がコンピュータの組み立てキットの「TLCS12」を発売しました(本誌注:1976年)。技術者の評価用に10万円程度で売られていたのを,何とか手に入れました。

 パソコンや表計算ソフトが無かった当時,500人の生徒の成績を集計し順位を出す業務はすごく大変でした。まず総合点で並び替え,次は教科ごとに並び替え,といった形で,作業に時間がかかる。もちろん,間違ってはいけません。そこで僕はこの業務をコンピュータでやらせようと,マシン語でプログラムを組み始めました。ノートにたくさんメモを取りつつ,試行錯誤でプログラミングを学んでいきました。

 プログラムが出来上がって,計算させるとすぐに成績順に並び替えることができました。感動しましたね。そうするとほかの教科の先生が僕の所に来まして(笑)。こんな感じで,最初は教師のツールを作るために,コンピュータを勉強していたわけです。

 僕がプログラミングしていることを知った新聞社や出版社が取材に来ました。で,取材で来た人が,僕の机の上に載っている山積みのノートを見て,「これは書籍として出版できますよ」と言ってくれて。それで当時,(8ビット・プロセッサ)Z80のプログラミングの本など,何冊か出版しました。

 そのうち,どんどんプログラミングが面白くなってきました。教師という仕事も面白かったのですが,これからはコンピュータに注目が集まると思いました。そこで思い切って教師を辞め,フリーのプログラマー兼ライターとして独立しました。

 その後,ソフト会社の開発責任者を務めたり,別のソフト会社の設立に加わったりと,複数の会社で技術を磨きました。その間,国内外で画像処理やプログラム・モジュール間の通信など,30件ほどの特許取得に関わりました。そうして昨年,HOWSの創業に加わりました。

 教師時代の「自分でコンピュータを使って現場が変えられた」という体験はやはり大きかったですね。

楽しく仕事ができるユーザー・インタフェースを

 HOWSではAjaxのコンポーネントを開発しています。Webブラウザ上で,通常の表計算ソフトやメール・ソフトと同じような使い勝手を実現できます。表計算やメールだけでなく,帳票ツール,グラフ表示ツール,スケジューラ,プロジェクト管理の線表ツールなど,20の画面部品を開発しました(図1)。社内ではさらに180のソフト部品を作り終わっていまして,商品として販売できるよう整えている最中です。

図1
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