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 最初に「データセンター」ができたのは,いつごろのことなんだろう? その当時はどのように使われていたのだろう? どんなシステムが設置されていたのだろう?

 データセンターがどのような施設なのか知っている方でも(知らない方は,ぜひ「何をしてくれるところか」や「どんな設備を備えているところか」を参照してください),データセンターの誕生やその後の移り変わりについてはご存じないかもしれません。

 「昔はこんな感じでしたが,今ではこのように変わりました!」と,誕生当時と現在のデータセンターを比べてみます。

日本初のデータセンターは?

 日本初のデータセンターは,逓信省(ていしんしょう)が管轄する,電話交換局だと言われています。逓信省と聞いて,どのような事業を所管していたか分かる方もいるでしょうが,念のために説明しておきます。

 逓信省は,日本にかつてあった省庁の一つで,1885年12月22日に発足しました。当初は,交通通信や灯台を管轄していました。その後,1949年に逓信省が郵便事業を管轄する郵政省と,電話事業を管轄する電気通信省に分離され,1952年には電話事業が日本電信電話公社(現在の日本電信電話株式会社)に引き継がれました。

 各家庭やオフィスの電話は,電話交換機を経由して通信相手とつながります。電話交換機が置かれている電話交換局が地震などの災害によって機能しなくなると,通信インフラである電話が使えなくなってしまいます。そこで電話交換局は,災害の影響が及びにくくなるよう,強固な建物に設置されました(図3)。また,高度な設備が多数持っていたことから,セキュリティも厳重でした。

図3●電話交換局は,強固な建物に設置されている
図3●電話交換局は,強固な建物に設置されている

コンピュータの設置は1980年代

 電話交換局は古くからありましたが,そこにコンピュータが置かれるようになったのは比較的新しく,1980年代のことです。そのコンピュータは,「ディジタル交換機」と呼ばれ,ISDN網(総合サービス・ディジタル網)の構築に利用されました。ディジタル交換機は現在でも,主力交換機の座を守っています。

 1990年3月に登場した,グレーのISDN公衆電話を覚えていますか? 今では見かけることも少なくなりましたが,大型ディスプレイを備え,ディジタル端末(ISDN端末)を接続して通信ができるなど,とても“トレンディー”な雰囲気を醸し出していました。それもディジタル交換機につながっています。

 今日のデータセンターには,火災に備えた消火設備や地震に備えた耐震設備,停電に備えた電源設備などが整っています。そのおかげで,少々の災害が起きたとしても,コンピュータ・システムが止まることなく,稼働し続けられます。災害の規模にもよりますが,被災地でも携帯電話を用い,「災害用伝言板」などで安否確認ができるのは,データセンターでシステムが稼動しているからなのです(災害により携帯電話の基地局が機能しない場合は,携帯電話を利用できません)。

データセンターの移り変わり

 電話交換局から始まったデータセンターは,時代に応じて必要とされる機能が増え,設備を拡充しながら成長してきました。

 1960年代後半から,金融機関やゼネコンなどの大手企業では,取り引きデータや図面データなどを大型コンピュータで管理するにようなりました。当時は,荷重と空調を考慮して建設した建物(電算センター)や,建物の一部を補強するなどして設けた部屋(電算室や計算機室,コンピュータ・ルームなどと呼ばれる)に大型コンピュータを設置するのが普通でした。既存の建物に導入しようと試みたところ,入り口が小さくて入らないので,入り口を壊して搬入したなどという話も耳にしたことがあります。

 そうした電算センターや計算機室は,自営のデータセンターだったのです。今となっては端末といえば,GUI(Graphical User Interface)を備えるパソコン(パーソナル・コンピュータ)が当たり前ですが,当時はテキスト・ベースのホスト端末を使っていました。現在のシンクライアントと同様,すべての処理はホスト・コンピュータ(サーバー)側で実施される仕組みでした。印刷すると,ホスト・コンピュータにつながったプリンターやプロッタに出力されるので,電算センターや計算機室に取りに行く必要がありました。

こぼれ話:核シェルターでシステムを守る
 米国では,2001年9月11日の同時多発テロ以降,災害のみならず,テロやその他要因による被害からコンピュータ・システムを守るために,古くなった核シェルターをデータセンターとして再利用するケースが結構あるようです。ただ,国内ではそこまで強固なデータセンターが存在する,という話を聞いたことはありません。

 国内の動きで興味深いのは,CO2削減とコスト削減を両立するデータセンターを作る計画がいくつか持ち上がっていることです。CO2削減といえば,1997年12月11日に京都市の国立京都国際会館で開かれた会議で議決した京都議定書(正式名称は,「気候変動に関する国際連合枠組条約の京都議定書」)の中で,日本は6%の削減を約束しています。データセンターの電力消費量はかなりのものですから,その省電力化はCO2削減に大きな効果をもたらすはずです。
松尾 典彦
リコーテクノシステムズ ITマネージド本部 シェアードサービス部 シェアード企画グループ リーダー
シェアードサービス部は,データーセンターを利用した,外販向け共有サービスの運用部門。提供サービスには,ホスティング・サービスやリコーグループ会社向けのシェアード(共有)サービスがある。松尾氏は,Lotus Notesなどのサーバー/クライアント・システムのエンジニア。