通信業界を中心に事業戦略のコンサルティングを手掛けてきた著者が,「ユーザー目線」,「サービス起点で考える」というスタンスでクラウド・コンピューティングの分析を試みている。著者いわく,バズワードで終わらせないために,読者にクラウド・コンピューティングの本当の意味や価値を伝えることを目指している。軽妙なタッチで,さらりと読める一冊である。
著者自身が「はじめに」や「おわりに」で説明しているが,思っていることをストレートに伝えるために,あえて何も調べずに思っていることを一気に書いたのだそうだ。確かに,本書内で「突っ込みどころ満載」と述べている通り,文章も理屈も荒削りな印象は否めない。それでも,突っ込みを入れながら読み進めると著者と議論している感覚で,クラウド・コンピューティングについて自分の中で情報を整理し,理解を深められそうだ。その意味では最近頻繁に発行されているクラウド関連書籍とは趣が異なる。
本書の一番の特徴と言えるのは,「クラウドコンピューティングを迷走させたA級戦犯は?」など,バズワードに踊らされている業界の様子を切って捨てる前半部分だろう。読者によっては痛快に感じるかもしれない。ただし,「ユーザー目線」という点に引っ張られると,読後の印象はもう一つである。
“幻想”という,ややセンセーショナルなタイトルの割に,驚くような話の展開は見られず,「本質」に至る部分は通り一遍な印象。最後のパートでは,2015年ころの未来予想,企業のCIO(最高情報責任者)への提言のような形で締めくくっているが,「適材適所で使おう」と言っているにすぎない。クラウド・コンピューティングに関する新しい発見・見方を期待すると,肩透かしを食ったと感じるかもしれない。著者のクラウド・コンピューティングのとらえ方がパートによって違って見えたり,メッセージを伝えようとしている相手が企業ユーザーだったりシステム・インテグレータだったりして,本書全体としてのメッセージをとらえにくい点も気になる。
結局,著者が一番伝えたかったのは「ユーザー目線でのクラウド・コンピューティングの本質」ではなく,「顧客第一主義を忘れるな」,「サービス起点で戦略を練れ」という日本の通信事業者やシステム・インテグレータへのメッセージではないだろうか。例えば著者が強みを持つ分野,つまり通信事業者のクラウド・コンピューティングへの取り組みを解説している部分に,その意図が見える。ソフトバンクをべた褒めしている点が気になるが,今の各社の取り組みに関する危機感が読み取れる。言葉に踊らされて次世代のサービスを「何のためにあるのか分からない」ものにしないために──。そう言っているように思える。
クラウドコンピューティングの幻想
エリック松永著
技術評論社発行
1554円(税込)