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 村上春樹の新作長編小説「1Q84」(全2巻,新潮社)が大ヒットしている。オリコン週間本ランキング(6月8日付け)が発表した推定累計売上部数は,上巻19万1926冊,下巻15万7587冊で総合書籍部門の1位,2位。5月29日の発売(一部書店では27日に発売)から約1週間で,上下巻合わせて35万部近く売れたことになる。同書は,予約が殺到して発売前に3度増刷されたことでも話題になった。発売までタイトル以外の一切の内容を明かさないというマーケティングが,春樹ファンだけでなく,それ以外の多くの人たちの興味を引き付けた。筆者も,熱狂的な春樹ファンではないが,同書の話題性に引かれて発売日に上下巻を購入してしまった。そして,翌日の土曜日丸一日を使って読破した。

 筆者は普段,休日を丸ごと本に当てるほど熱心な読書家ではない。文庫本をカバンに入れておいて,移動時間に読む程度だ。曲がりなりにも文章を書く職業に就いているのだから,もっと読書量を増やさなくていけないと常に危機感を持っている。だから,読書家で本に詳しい人をみると無条件に尊敬してしまう。特に,本に詳しい人が書く,文学作品からの気の利いた引用がなされた文章は,とても知性的だと思う。例えば『「チェーホフがこう言っている」とタマルもゆっくり立ち上がりながら言った。「物語の中に拳銃が出てきたら、それは発射されなくてはならない、と」』(「1Q84」(Book2))のように。

 しかし,このような気の利いた引用のテクニックは,近い将来,読書家の専売特許ではなくなるかもしれない。米グーグルの書籍検索サービス「Googleブック検索」の和解決定が米連邦裁判所で最終審理される2009年10月以降,「Googleブック検索」で全文検索できる書籍が増加し,かなり実用性のあるツールに変わる可能性があるからだ。

 Googleブック検索は,グーグルが一定の基準を満たす書籍をスキャンして,一般ユーザーが検索できるようにしたもの。日本でも2007年にサービスを開始した。このサービスが著作権侵害にあたるとして,米国の著作権協会などがグーグルを訴え,2008年10月に和解に至った。この和解決定が連邦裁判所で最終審理されるのが2009年10月7日である。当初,最終審理の日程は6月11日だったが,著作権保有者が和解案拒否を申請する期限が5月5日から9月4日に延長されたことに伴い,4カ月ずれ込むことになった(関連記事)。

 現在,Googleブック検索で全文検索できるのは,「著作権保護期間が終了した書籍」だけだが,この和解により,「著作権で保護された,絶版または市販されていない書籍」も全文検索できるようになる。ただし,著作権を保有する著者や出版社が,9月4日までに和解案拒否を申請した書籍は,全文検索の対象外になる。

 この和解案は,ベルヌ条約という国際条約によって日本の著作権保有者にも影響する。10月以降,「著作権で保護された,絶版または市販されていない書籍」の全文検索が可能になるのは米国内からGoogleブック検索にアクセスするユーザーだけだが,米国で市販されていない日本の書籍は,「著作権で保護された,絶版または市販されていない書籍」に含まれてしまう。村上春樹作品のように,多言語に翻訳され各国で出版されている書籍は対象外だが,そのような書籍は少ない。日本で出版された大半の書籍が全文検索の対象になる。これまでに,日本ビジュアル著作権協会の会員184人(6月8日時点)や,中小出版社で構成する出版流通対策協議会,日本漫画家協会などが和解案の拒否を表明している。

 全文検索機能を使えば,読書家でなくても,数多くの文学作品の中から,気の利いた一文を見つけて引用することが簡単にできるようになる。しかし,文学作品の引用にこの上ない知性を感じてしまう筆者としては,Googleブック検索をそのように使ってほしくない。読書家が,「今引用したいあの一文は,何巻の何ページ目だったか」と,実際に本のページを繰る手間を省くためのツール程度の使い方に止めてほしいと願う。