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お金より、だれと働きたいかが大事

 このとき、お金以上に「どういう人と働きたいのか」のほうが大事だと知った。そのため、どういう人が必要で、どういうことをしてもらいたいのかをすべて明文化し、社内で共有することにした。

 その際、ザ・リッツ・カールトン大阪の人事部長から受けたレクチャーに沿って、「人を採用してから礼儀作法などの当たり前のことを教えるのではなく、最初から当たり前のことができる人をとる。技術は後から教えられる」という手法でいくことにした。2005年4月にその意思を明文化した「LR HEART」を全社員に提示したら、一部が猛反発し約10人が会社を去ったが、その後の社内の空気はよくなり、売り上げも伸びた。

 人はいるだけではダメだ。ベクトルがあっていないと、むしろマイナスになってしまう人も出てくる。現在の主力事業となるモバイル広告も、同じ年の同じ月に始まった。その直前に、それまで手がけてきた転職サイトの運営から撤退することも決めた。あらゆることがこの時期に集中し、ここから社風が大きく変わった。素人営業ながらモバイル広告は飛ぶように売れ、成長軌道に乗った。

そもそもなぜ会社を設立しようと考えたのか。

 大学院を卒業後、1999年に大和証券に入社し、渋谷支店の営業担当になった。そこで、「ビットバレー」と呼ばれたIT起業ブームを体感したことが、そもそものきっかけだ。

宇宙一愛される経営を目指す

 当時は大和証券の社長になるという夢があり、いかに出世競争で勝ち残るために記録的な営業成績をたたき出せるかが主眼だった。そのため、すでに知られた資産家ではなく、大きな成果を出せる可能性がある未上場のIT関連企業の社長をターゲットに営業活動をしていた。既存の営業の考え方では、そこは盲点なので、それが最善の策だと考えたのだ。

 しかし、数多くの創業社長たちに営業していくうちに、起業することがどういうことなのかが分かってきた。上場して創業者利益を得られるのであれば、自分で会社をやった方がいいのではないかと。

 学生時代に親が勤めていた会社が潰れたこともあり、家族の期待は私の双肩にかかっていた。また当時、野村證券の証券マンだった高木誠司(現在はモバイル広告事業を統括する担当取締役)が、同社を辞めて「IT業界に詳しく、人脈もあるので社長になってもらいたい」と私に起業を促したことも大きい。そんな事情が複合的に重なり、ITバブルが弾けた後の2000年8月に会社を設立した。

 中学生のころは、父親から「どうせ持つなら大きな夢を持て」と叱咤激励されていた。このことも起業につながっているかもしれない。「宇宙一愛される経営」と公言しているのも、その影響が大きい。