PR

プロジェクトルームを新設

 アジャイル開発は速いスピードで変わる要件を次々と受け入れるため、開発チームでは人が重要な成功要因になる。文書よりも対話での情報共有を重視し、ユーザーは開発者と離れずにプロジェクトルームに詰めて一体となった密接な開発チームを組む。

 過去3回のアジャイル開発プロジェクトを成功させているウルシステムズの一橋範哉シニアコンサルタントは、イテレーションが始まる前にプロジェクトルームを東邦チタニウム本社内に作ることを要請した。

図3●プロジェクトルームはすぐに会議ができる配置にした
図3●プロジェクトルームはすぐに会議ができる配置にした
[画像のクリックで拡大表示]

 東邦チタニウムの庭野三郎 業務本部情報システム部グループマネージャー(GM)とともにプロジェクトルームの配置を考えた。その結果、二つの会議室間の壁をぶち抜いて、壁沿いに机を並べた(図3)。これはプログラミングや設計に専念できるようにする一方で、「車輪の付いた椅子を滑らせて中央に集まればすぐに打ち合わせをできるようにするため」(一橋氏)だ。

 一橋氏と庭野GMは協力会社から設計チームに6人、実装チームに8人を集めた。契約形態は労働力に対価を支払う準委任契約にした。仕様変更を許容するアジャイル開発では準委任型が望ましいためだ。

 開発チームはプロジェクトルームで毎朝立ったままの短い打ち合わせから一日をスタートさせる。各人は自分の仕事(タスク)を申告してから業務に取り掛かる。

やむなくメンバー2人を交代

 プロジェクトルームの準備が整い、07年2月に1回目のイテレーションが始まった。すでに設計チームは半月程度前から作業を開始していた。まず着手したのは新システムの肝となる「配合計算機能」の開発だ。

 チタンインゴットは配合する物質や量が品質を大きく左右する。東邦チタニウムの競争力の源泉はその品質にある。だが従来、配合計算はベテランがExcel上で作業していて数字の意味は本人しかわからないという、まさにノウハウの塊だった。そのため、Excelシートの中身を解析し、それを誰でも使えるようにシステム化することが最も重要だった。開発プロジェクトは早速Excelシートの中身の解析などに取り掛かった。

 その矢先、1年半近くチームを引っ張って来た浜津部長が元の職場に戻ることが決まった。浜津部長は「チタン生産のすべてを知っている人間」として、茅ヶ崎工場のチタン生産部門のトップである三戸武士 チタン事業本部生産管理GMを後任に指名した。三戸GMというユーザー側のキーマンを確保した開発チームだったが「最初の3カ月は思うように進まなかった」(一橋氏)。理由はアジャイル開発に向かない開発者がいたためだ。アジャイル開発では対話を重視するので「設計書は詳細に書いてあるわけではなく、処理の目的や機能概要が書いてある程度」(一橋氏)だ。仕様書に書いていない部分がわからなければ設計者なりユーザーなりに聞く力が求められる。だが8人中2人の開発者は詳細仕様書通りに作るのが当然のウォータフォール型から抜け切れなかった。そのためテストやレビューで条件分岐の抜けが見つかるといったバグが続出した。

 一橋氏は1回目のイテレーションで2人が不慣れであることに気づいたが、成長を期待したため次までは口をつぐんだ。だが、改善しなかったため庭野GMと相談して交代してもらうことを決めた。新たに参加する開発者の条件は「新しいやり方に柔軟に対応できて、特にコミュニケーション能力が優れていること」とした。

 メンバーの入れ替えを経て、「4回目のイテレーションからようやく歯車がかみ合いはじめた」(加古常務)。三戸GMも「チームが業務を理解するようになってきた」と振り返る。ここにはチームの人員配置の妙も奏功した。開発者はベテランと若手、半々で構成したので、開発中も業務に詳しいベテランが若手に業務を教えていたのだ。

納期をにらみ作業量を調整

 イテレーションが進むにつれ、ユーザーもレビューに慣れてきた。一橋氏はユーザーと実装すべき機能のリストを眺めながら「この追加要件を入れるのであればこの要件を削りましょう」というように交渉していった。一橋氏は経験上、後半に要望が集中することを見込み、あらかじめ負荷にメリハリを付けておいた(図4)。アジャイル開発は複数回のイテレーションでシステムを完成させるので前半にユースケースで重要な幹の部分を合意し、画面や帳票といった枝葉は後半で詰めていくという具合にバランスを取っていたのだ。

図4●9回のイテレーションの作業量。前半で機能の概要を固め、後半で詳細を詰めていった
図4●9回のイテレーションの作業量。前半で機能の概要を固め、後半で詳細を詰めていった
[画像のクリックで拡大表示]

 07年10月に9回目のイテレーションを終え、その後の2カ月間で総合テストを終了させた。07年12月には日立工場と八幡工場の従業員や関係者を茅ヶ崎工場に集め、2週間のシステム導入の教育を実施した。

 08年4月に八幡工場が無事竣工し、新システムを使った初出荷もトラブルなく終了した。5月には茅ヶ崎工場と日立工場でも運用を開始し、すべてのプロジェクトが完了した。実装したユースケースは当初見積もりとほぼ同等に落ち着き、コストが超過することもなかった。

講評
「要件を固めきれないが納期は厳守というプロジェクトに、アジャイル開発で臨むことを決断。初めて取り組んだアジャイル開発でありながら、納期やコストを守り、プロジェクトを完遂した手腕は見事といえる」