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 どんな仕事であれ,自分だけでは仕事が進まなかったり,効率が悪かったりすることが多い。そんなとき,部下や上司,同僚,他部門の担当者,他社の担当者,顧客といった「他の人」の力をいかに借りるかが大切になる。

 そうした他の人に動いてもらうための方法はいろいろある。筆者が最近知ってなるほどと思ったのは,相手に「強く期待する」ことで人を動かすというものである。

人は期待されると力を発揮する

 ある人が他の人から何かを期待される。すると,その人は期待に応えようと力を発揮する。意識的にやっている場合もあれば,無意識に実践している場合もあるだろうが,多くの人が自分でだれかにこうしたことをしたりされたりした経験があるのではないだろうか。教育心理学では,これを「ピグマリオン効果」と呼ぶ。

 名前の由来となったピグマリオン(ピュグマリオーン)は,ギリシャ神話に出てくる王様である。現実の女性に失望して自分の理想の女性を彫刻で作り,その彫刻が人間になることを「強く期待」したら,その夢がかなったという話だそうだ。

 成功したプロジェクトでは必ずと言っていいほど,トップやプロジェクト・マネジャーがメンバーやパートナーに対して「期待に応えてくれた」というニュアンスの発言をしている。先日,記者の眼「あなたは「コンダクター」になれますか?」でコンダクター役の会長が全社の業務改革・システム刷新プロジェクトのリーダーとして若手を抜擢した話を紹介したが,これも「強い期待」の表れの例である。

 筆者は以前,こんな経験をした。ある雑誌でデスクを担当していたころ,特集を担当する記者から夜中にこんな電話がかかってきた。「どうしても記事が書けないんです。いくら考えても,何を書いていいか,まったく頭に浮かびません…」

 しかし,筆者は不思議なことに,まったく不安に感じなかった。いろんな記者がいるなかで,その記者は当時,筆者がもっとも信頼を置く一人だった。その記者とであれば,面白いことができるという確信が持てたのである。同時に,その記者はときどき,思考がループ状態に入ることも知っていた。

 なので筆者は電話で,記事が書けるだけの話は十分に聞けている,心配する必要は何一つない,寝ないでずっと仕事を続けていると思考がループするので少し休んだほうがいい,そうすれば必ず書ける,といったことを伝えた。記者はその後,「書けない」と言っていたのがウソのようなペースで特集をまとめ上げた。その雑誌としてはユニークな内容の特集だったが,読者からの反応も悪くなかった。

 この記者に対して,「強く期待している」などと大仰なことを言った覚えはない。それでもいま振り返ると,相手に信頼感を持ち「強く期待」していたように思う。

口先だけの期待はかえってマイナスに

 ただし,この「強く期待する」というのは口で言うほど簡単ではない。ピグマリオン効果は,本当に心から期待しないと発揮されないのだ。

 苦境に陥った会社で「皆さんの働きに期待している。そうすれば,いまの状況は必ず乗り切れる」などとトップが社員に働きかけたりする。もしかすると,トップは本当に社員に強く期待をかけているのかもしれない。しかし,本当はすごく期待しているわけではないが,トップとして士気を下げないために「期待している」とあえて言っている場合もあるだろう。

 後者の場合,ピグマリオン効果は生まれにくい。まして,どこかから「実は期待していない」ということが漏れ伝わってしまったら,逆に社員の士気を一気に下げてしまう。ちなみにピグマリオン効果と逆に,「期待していない」ことを相手に伝えて,相手に力を発揮させなくすることをゴーレム効果と呼ぶそうだ。

 仮に本心から期待しているとして,そのことを相手に正しくどう伝えるかも難しい。いきなり面と向かって「君に期待しているよ」と言っても,「いきなり何を言いだすんだ。何か裏があるのではないか」などと,かえって警戒されてしまう可能性もある。他人を介して伝えるやり方もあるが,正しく伝わらないこともあり得る。そもそもピグマリオン効果の信ぴょう性についても議論があるようだ。

 それでも,「強く期待する」ことに何らかの効果があるのは否定できないはずだ。突き詰めると,自分が相手をどう見ているか,逆に相手からどう見られているかを考えることにもつながる。改めて,「相手に期待しているか」「期待していないなら,それはなぜか」「自分は相手から期待されているか」などを考えてみることに価値があると言えるだろう。

 ピグマリオン効果については,好評連載「ひとつ上のヒューマンマネジメント」でおなじみの芦屋広太氏の新刊「ITエンジニアのための人を動かす9の基礎力と27のエクササイズ」(7月23日発売予定)でより詳細に説明している。ピグマリオン効果を含めて,他人をその気にさせて動かすための基本テクニックを豊富な事例とともに紹介している。追って,筆者のスペシャルインタビューも掲載する予定である。そちらもぜひ「強く期待」していただきたい。