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 衆院選に向け、橋下知事ら首長連合の動静が注目を集める。全国からの支持をてこに政権交代そのものや選挙後の与党の基本政策を左右する可能性が濃厚だ。筆者は昨年来、大阪府の特別顧問を務める。今回は「チーム橋下」の監督役の経験をもとに解説したい。

■橋下知事は「平成の目覚まし時計」

 知事とはほぼ毎週会う。懸案(関西空港、府立大学、水道など)について数字を伴った打開案を議論する。私はもともと経営コンサルタント、知事は弁護士。ともに抽象論が嫌いで個別具体の問題を解決するなかから国政や制度のおかしさをあぶり出す作業をする。

 今朝(執筆時の7月8日)は月刊誌の対談インタビューだ。編集者の司会のもと橋下改革の成果と課題を知事とじっくり語った。

 橋下知事の強さとユニークさは語りつくされている。「ぼったくりバー」「くそ教育委員会」など下品だがわかりやすい表現はその一例だ。そばで見ていて感心するのは課題提起のタイミングである。みんなが疑問に思うテーマについて普段から考えている。その上で目の前の具体案件に合わせてすかさず本質を突いた指摘をする。国のダム建設中止、学校への携帯持ち込み、直轄負担金問題などいずれも知事の小さな疑問から始まった。そこから本質を掘り下げ、制度のおかしさを見抜く。そのうえで最終的に「ワンフレーズ」で国民に改革の必要性を訴える。

 もちろん、国は一知事の指摘程度では簡単に制度の見直しなどしない。だが予算編成や選挙の目前なら有利な交渉ができる。知事はそのタイミングの見極めが絶妙だ。満を持してゲームを始める。すべての過程をオープンに見せるので有利な展開ができる。知事の動静が注目を集める背景には戦略がある。彼は多くの人々が「タイム・イズ・ナウ」と気づく時期に発言をする。彼の存在は「平成の目覚まし時計」といってよい。

■首長連合の狙いは?

 今回の「首長連合」という球も絶妙なタイミングで“ライト-センター間”に高く打ち上がった。「東国原氏の転進?」という変化球とも相まって国政の流れを変えうる勢いを獲得した。

 首長連合の意味は3つある。

 第1に政権交代の争点として「地方分権」を浮上させる意義が大きい。霞が関も永田町も本音では「地方分権」はやりたくない。なぜなら中央に集めた利権を分配することが彼らの権力の源泉だからだ。本当の意味での分権をやれば彼らの存在意義は薄れる。政党のマニフェストで地方分権の推進が弱いのは、いわば当然のことなのだ。国民に対して、この問題の覚せいを促す効果がある。

 第2にさらに踏み込んで首長側、地方側が各政党のマニフェストに注文をつける。いい意味で「圧力団体」としての行動をとる。いままで労組や各種利権団体は同じことを水面下でこっそりやってきた。今回はそれを国民に全部見せる。地方側の正当性を訴えつつ堂々とやっている。

 第3に首長連合としての支持政党の表明である。実現可能性は未知数だが原理は簡単だ。首長は選挙では一人選ばれる。その人物が住民の信頼を獲得していれば衆院選の小選挙区の動向を左右しうる。全国的な人気がある首長なら他地域の票も動かせる。

 首長連合の狙いは総選挙、特に政権交代という一大転換期に際し、自分たちの主張を実現につなげる布石を打つところにある。橋下知事は「自治体は国の奴隷」という表現をよく使う。平時に奴隷状態を脱するのは簡単ではない。中央の混乱期こそチャンスだ。レーニンも日露戦争後の混乱の中でロシア革命を成し遂げた。首長連合も同様のスケールの歴史観で見るべきだ。これは中央の権力を奪還する運動なのだ。その意味でこれはいわゆる「分権」の域を超える。“地方政府”に権力を委譲せよという民族(各地域)自立に向けた白昼堂々のゲリラ戦なのである。

■首長は支店長どまり?

 こうした首長連合の意義は国民にはなんとなく受け入れられている。だが当の首長たちの反応は鈍い。「首長は国政に関与すべきではない」「政党から不偏不党であるべき」「選挙後のしっぺ返しが怖い」といった意見が多い。これでは首長ではなく、まるで支店長。一国一城の主とは思えない。企業の支店長の読者がおられたらお許しいただきたいが、支店長と地場産業のオーナーでは発想も覚悟も違う。前者は本社に評価され、本社の出先の管理人という意識で仕事をする。後者は違う。土着で生きていくしかないがゆえに本社(国)に対して言うべきことを言う。座して死を待つよりは一揆(いっき)を、と考える。

 「国政よりも住民のことを考えるべき」という一見、正論らしきことをぶつ首長もいる。だが、これはまるで洞察が足りない。本当に住民のことを考えるなら必ずや財源不足、国の制度のおかしさに気づくはずだ。自治体の努力だけでは地方はよくならない。これに気づけば、中央の権力闘争から無縁でおれるはずがない。いてもたってもおられず形態はともあれ何らかの行動をとるはずだ。

 かつて日本の政治は「労働組合」によって左右された。だが今やその勢力衰退が著しい。それに代わって首長連合、地方分権という新たな政治権力が芽生えつつある。くしくも民主党は脱・労組に苦慮する。首長連合はその代わりとなる新たなパワーソースとして期待しうる。首長連合の努力がどの程度の成果に結びつくかはまだわからない。だが単なる「パフォーマンス」といった見方は間違っている。地方分権はこれまで体制内で粛々と行われてきた。しかし、たかだか機関委任事務の見直しに6年もかかり、道州制の導入も議論ばかりで先が見えない。首長連合には閉塞打破の突破口として期待したい。

(注)本稿の内容は筆者の私見によるものであり、大阪府もしくは特別顧問としての公式見解ではない。また特定の政党を支持する視点から執筆したものではない。

上山 信一(うえやま・しんいち)
慶應義塾大学総合政策学部教授
上山信一

慶應義塾大学総合政策学部教授。運輸省,マッキンゼー(共同経営者)等を経て現職。専門は行政経営。2009年2月に『自治体改革の突破口』を発刊。その他,『行政の経営分析―大阪市の挑戦』,『行政の解体と再生』など編著書多数。