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 フレットレスベース特有の立ち上がりの遅い低音。曲が始まって間もなく,ベーシストが出したその音は正直少し耳障りに感じられた。

 ベーシストはジャコパストリアス(Jaco Pastorius)。

 今では,そのときの曲が何であったか思い出せないし,彼が当時所属していたウェザーリポート(Weather Report)での演奏だったのかもわからない。ただ,曲の開始後すぐに彼が繰り出した違和感のある音が,曲の終盤に向かうにつれ一つのつながりを持ってきたのは,今でも生々しく覚えている。冒頭の音があらかじめ綿密に計算されて出されたものなのか,それともその音が影響を与えて,あのような(と言ってもわからないと思うが)背筋に鳥肌の立つような後半になったのかはわからない。ただ,演奏が終了した後でも,その冒頭の音を無駄な音だと考えた人はいなかったと思う。

 音楽理論ではスケールとコードから外れた,本来ならば出してはいけない音のことをアボイドノート(Avoid Note)と呼ぶ。ただ,ジャズやロックをはじめとする近代音楽は音楽理論の枠にとらわれない演奏も一般的であり,このアボイドノートの利用もその一つだ。

 コンピュータやネットワークの世界でも,最初耳にしたり,目にしたときに違和感を感じるものが,実はしばらく後の大きな潮流を生み出す種であったということは良くあるだろう。この連載では,そのような今は違和感を感じるかもしれないが,近い将来に主役になるかもしれない技術や仕組みなどについて取り上げていきたいと思う。ただのミスタッチを取り上げてしまうこともあるかもしれない。その際は数年後にでも笑ってもらえればと思う。また,必ずしも将来予測のような話題だけではなく,臨機応変にその時々に話題となっているような技術や製品などを利用者の視点から捉えてみたいと思う。

繰り返す歴史

 本連載を開始するにあたって,少し自己紹介をさせてもらうと,私は「この業界」に20年以上属している。「この業界」と書いたが,正直,自分の属する業界をなんと表現して良いのかよくわからない。新卒で入社した日本ディジタルイクイップメント株式会社(日本DEC)という会社に勤務しているときはまだ簡単だった。「コンピュータ業界」で済んだからだ。良くも悪くも1980年代後半から90年代初めにかけては,コンピュータが主役であり,ネットワークやソフトウエアもその付属物的なとらわれ方をしていた。私や多くの同僚などはハードウエアよりもソフトウエアに携わっていたし,先輩の中にはネットワークを中心に活躍されている方もいて,今ならば,「ソフトウエア業界」とか「ネットワーク業界」とか主張しても良いのかもしれないが,当時はざっくりと「コンピュータ業界」とまとめられてしまうことに違和感を覚えなかった。そんな時代に私はキャリアをスタートさせた。

 脱線するが,ITproの会員登録の業種選択の項目も以下のようになっている。私は「その他情報関連サービス」にチェックしているが,いまだにどれにつけるのが正しいのかわからない。悩ましい。

情報処理/ソフトウエア/SI・コンサルティング/VAR
  ソフトハウス(パッケージ中心)
  ソフトハウス(受託開発中心)
  情報処理サービス
  コンサルティング
  システム・インテグレーター(SI)
  ネットワーク・インテグレーター
  VAR
  その他情報関連サービス

 閑話休題。

 そんな「こんな業界」に20年働いている。

 20年働いても,常に新しいことが起きているので,飽きることが無い。人によっては,自分の蓄積した技術や知識が陳腐かしてしまうことを恐れている人もいるようだ。実は,私もまったく同じだ。いつ,業界からお払い箱になるか常に不安だ。だが,その不安に勝る,面白いものを見たい,触りたい,作りたい,紹介したいという知的好奇心がある。生来の性格だろうが,これだけが私の取り柄じゃないかと思う。

 これだけ激動する分野だと,経験などあまり価値が無いと思われるかもしれないが,必ずしもそうではない。実は,時代は巡るというのか,同じような話を昔聞いたなと思うことも多い。たとえば,SaaS(Software as a Service)やシンクライアントなどは,ブラウザやJavaなどが世に出てきたときにサンマイクロシステムズやオラクルなどが提唱していたネットワークコンピュータが現代に蘇ったものと考えられるほど類似点がある。90年代前半やそれ以前から行われていたクラスタ研究の中にはヘテロジニアスなクラスタ(異なるOSで組むクラスタ)でのプロセスマイグレーション(異なるコンピュータにプロセスが移行すること)をテーマとしているものもあったが,それなどは今の仮想化技術で実用化されているものを見ることができる。「それは昔のXXXだね」などと簡単に言えるものではないが,それでも過去の経験が活きることも多いだろう。