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榊原 彰 氏
日本IBM アプリケーション・イノベーション・サービス EA&テクノロジー IBMディスティングイッシュト・エンジニア
榊原 彰 氏

 「駆け出しのエンジニアのころから,システムの一部を設計したり実装したりする仕事よりも,システム全体の設計に影響を与えることができる仕事に興味がありました」。こう振り返るのは,日本を代表するITアーキテクトの一人,日本IBMの榊原 彰氏だ。

 国内のIT業界で“アーキテクト”という言葉が使われ始めたのは1990年代前半のこと。2000年以降,経済産業省による「ITスキル標準」の策定や,榊原氏ら気鋭のエンジニアの活躍により,職種としての「ITアーキテクト」が認知されるようになった。

 システム開発プロジェクトでITアーキテクトが果たす役割を簡潔に表現すれば「全体として整合性の取れたシステムの構造を設計し,その決定に責任を持つこと」(榊原氏)となる。この意味を四つの側面に分けて説明しよう。

 一つめは「要求の優先順位を明確にすること」だ。

 システム全体の構造を設計するには,すべてのステークホルダー(利害関係者)から要求を引き出し,それぞれの優先順位を明確にしなければならない。一口に要求と言っても,システム全体に対する要求もあれば,アプリケーション,システム基盤,ネットワークなどの構成要素に対する要求もある。ステークホルダーによって要求が異なったり,互いに矛盾したりすることも珍しくない。

 ITアーキテクトはステークホルダーたちとのやり取りを通じて,こうした多様で複雑な要求を分析・整理し,システムとして実現する優先順位を決定する。ビジネス上や技術上の制約も同時に検討しなければならない。「要求を引き出したり定義したり管理したりすることは最大のチャレンジ。システムを作ること自体よりもはるかに難しい」(榊原氏)。

5年先,10年先を見据えて何がベストかを考える

 二つめの役割は「全体として整合性が取れ,かつ変化に耐えるシステムの構造を設計すること」である。

 ITアーキテクトは,優先順位を付けた要求を満たし,システム全体として整合性の取れた“最適な構造”を設計しなければならない。システムの構成要素(アプリケーション,システム基盤,ネットワークなど)のモデルを作り,モデル同士を突き合わせ,機能要件と非機能要件を満たすようにモデルを“洗練”させ,それらを組み合わせて全体の構造を決定していく。

 構造を決定する過程で,榊原氏が今も肝に銘じていることがある。1999年に社内研修の講師を務めた米IBMのエド・カハーン氏(現IBMフェロー)の教え「関心事を分離せよ」だ。「アプリケーション,システム基盤,コスト,制約事項など多様な関心事を分離して考え,それぞれに明確な理由を付けて最適解を見い出すことが成功のカギです」(榊原氏)。

 ITアーキテクトは,全体としての整合性に加えて「システム稼働後の変化に耐えること」を特に重視する。ビジネス上の変化に対応して,機能・性能の拡張やシステム統合・連携などを素早く実施することが求められるからだ。

 例えば,ある企業のアプリケーションを設計する場合,「同じ業界のどの企業にも共通する業務は堅牢な構造に,固有の業務は変化に応じてプラグインできる構造にします。1社の業務だけ詳しくても共通部分と固有部分を見分けられないので,各業界の普遍的な業務知識を身に付けないと的確な設計ができません」(榊原氏)。このようにITアーキテクトは「システムを動かすまでではなく,5年先,10年先も使い続けることを前提に何がベストかを考える」(榊原氏)。

 ITアーキテクトの役割の三つめは「説明責任を果たすこと」だ。

 要求の優先順位を決めたりシステムの構造を決めたりしたときに,ステークホルダーが納得できるように説明することは,ITアーキテクトの重要な責務である。ステークホルダーの意に反して要求の一部が反映されない場合には,「要求を一覧できるリストを作り,優先順位を決めた理由を丁寧に説明します」(榊原氏)。

 いったん決めた要求の優先順位やシステムの構造を変更する場合も,どんな情報に基づいてそう判断したのかを説明する必要がある。「アカウンタビリティ(説明責任)に加え,意思決定の変更履歴をたどれるようにするトレーサビリティが求められます」(榊原氏)。

 最後の四つめは「ポリシーやガイドラインを策定すること」である。

 どれだけ素晴らしい構造を設計しても,要求通りに動くシステムとして適切に実装されなければ,ITアーキテクトとしての責任を果たすことができない。

 そこでITアーキテクトは,SEがシステムを設計・実装する際に従うポリシーやガイドラインを策定する。そのうえで「どの要求を重視するか,といった基本的なことから,設計の仕様書をどう書くか,どんなAPI(アプリケーション・プログラミング・インタフェース)を使うか,といった具体的なことまでを指示します」(榊原氏)。

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