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評論家・ジャーナリスト 田原 総一朗氏
評論家・ジャーナリスト
田原 総一朗氏

 今年3月に、ソフトバンク社長の孫正義氏に会って、じっくりとお話をうかがう機会があった。「これからITはどうなるか」と尋ねたところ、「2018年という年に注目してほしい」という答えが返ってきた。現在、PCにしても他のコンピュータにしても、あくまでも人間がプログラムを作り、コンピュータがそれに沿って仕事をしているが、2018年前後の段階でコンピュータが人間の脳細胞の容量を超え、コンピュータ自身が自分で考え、プログラムを組んでいく時代になるというのだ。ここ数年、もう技術の発展はないとさえいわれている中、私は孫氏の話を聞いて、技術開発が人間の社会や生活のあり方を今後も大きく変えていくとつくづく感じた。

収益性、効率性だけを追求した結果 経営危機を招いた米国自動車産業

 翻って今日の状況を見ると、世界大恐慌直後の1930年以降、米国の景気、経済を常に引っ張ってきた米国自動車産業が、いわゆる“ビッグ3”をはじめ、大変な経営危機に瀕している。特にGMなどは既に米国政府の管理下に入ってしまっているという状況だ。

 ではなぜ、GMが現在のような危機的状況に陥ってしまったのだろうか。元々GMは、経営の近代化を強力に推し進めることによって、世界最大の自動車会社にまで上り詰めた企業である。例えば、事業部制というものを世界で最初に導入したのもGMだった。そして、そうした取り組みを進める中で、GMは2つのことを目標に置いていました。1つは「儲けること」。そしてもう1つが「効率をよくすること」。

 実のところ、この2つの目標こそがGMをダメにした要因だといえる。

 なぜか、話は単純である。まず儲けるためには、同じ手間暇をかけるなら、価格の安い小型車ではなく、高価な大型車を作るほうがいい。そこでGMは、大型車ばかりを作った。そして、もう1つの効率性の追求に関してGMは、直接利益に結びつかない研究開発というものに力を入れず、軽んじてきてしまった。

 これに対し、トヨタやホンダ、日産といった日本の自動車会社は、研究開発にどんどん力を入れてきた。その結果、1970年代以降、米国市場においても日本の自動車が広く受け入れられることとなった。その最大の理由は、米国の自動車が故障しやすいのに対して、日本車は故障しない。つまり、研究開発の積み重ねによって、非常に高い品質が実現されている。また、燃費がいい。例えばトヨタのカローラなんかは、リッター15~20Kmくらい走る。それに比べると、米国車はさながら、ガソリンをまき散らして走っているようなものだと。

エコ、原子力の分野をリードする 世界トップの技術水準を持つ日本

 最近のように環境、エコということが言われ始めると、燃費の問題は、単に経済性だけの話ではなくなってきた。燃費が悪い自動車は、時代に適さなくなってしまったのだ。トヨタもホンダもハイブリッドカーを作っているが、この分野については日本が世界で一番進んでいる。その結果、米国の自動車会社自体が、時代から取り残されてしまうことになったわけだ。こうしたことからも、いかに技術開発が大事かが分かるだろう。

 米国のオバマ大統領は、今後、米国国内の電力供給を石油燃料に代わる、太陽光や風力などのエネルギーで賄うべく転換していく旨を表明している。例えば、太陽光を利用するためには太陽電池が必要だ。この太陽電池に関する技術も、今のところ日本が世界一。これに関し先頃、パナソニックが三洋電機の買収に乗り出したが、その背景にはパナソニックが三洋電機の持つ太陽電池に関する技術を手に入れたかったという事情があるからだ。また、風力発電についても、発電機の風車に用いられているステンレス製の羽根の70%近くが日本製なのである。

 さらに、世界的に見れば、原子力発電の時代へと移っている。例えば、ドバイやアブダビ、サウジアラビアといった産油国でさえ、こぞって原子力発電所を作ろうとしている。欧州でも、一時は原子力の利用を止めるという方向性が強く打ち出されていたが、今日では原子力利用に向けた動きがあらためて活発化してきた。そして、原子力発電所を作るのに必要な技術者は、今や日本とフランスにしかいない。加えて、原子力発電所の中核となる原子炉の70%以上は、室蘭にある日本製鋼所で作られているという事実もある。

高水準の技術を世界標準へと 高めるための戦略をいかに描くか

 このように、日本は世界でもトップの技術水準を持ち、非常に高い経済力、生産力も持ち合わせている。日本は現在不況にあるが、そうした観点では、日本の当面の将来は前途洋々であると、私自身は大いに楽観視している。

 ただし、一方で日本には、1つ大きな問題があって、それを何とか突破しないと将来が危ないとも考えられる。

 例えば、皆さんがお持ちの携帯電話。この携帯電話の世界では、かつてNTTドコモがiモードを開発し、それは間違いなく世界でも最高水準の技術だった。当然、NTTドコモ自身も自社の携帯電話が世界の標準になるだろうと確信していた。ところが、実際に世界標準になったのは、iモードに比べてはるかに水準の低い欧州の技術だった。そうした経緯から、日本のいろんな電機メーカーで作っている携帯電話が、国内でしか売れないということになってしまった。

 もう1つの例。ハイビジョンテレビを開発したNHKでは、それを世界標準にしようと考え、米国に持って行って大規模なデモンストレーションを実施した。米国では、大きな驚きをもって迎えられたが、その一方で「こんなものが世界の標準になったら、テレビの分野が完全に日本に独占されてしまう」という警戒感が高まってしまった。その結果、米国はハイビジョンが世界標準になるということを断固として拒否した。

 これら2つの例から申し上げようとしているのは、われわれ日本人というのは、技術開発にも積極的で、極めて高い技術水準を有しているにもかかわらず、そうした技術を世界標準、デファクトスタンダードにしていくということがどうにもヘタであるということだ。その理由を端的に言えば「日本は戦術には長けているが、戦略に欠けている」ということにほかならない。

 これまで日本は米国を手本に、米国の言う通りにやっていればいいという風潮があったのも事実。その米国が破綻した今、これからの日本人は自分の頭でものを考えなければいけない時代にきたということだ。そうした中で、自分たちが持っている高度な水準の技術を世界のデファクトスタンダードにしていくための戦略というものを、自らの頭で描いていく。それが、日本の将来を考えるうえで重要なカギになるだろうと考えている。