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 2009年9月15日,JR東日本が,東京都内の山手線全29駅のホームに自殺防止対策として青色LED(発光ダイオード)照明を設置すると発表した,とのニュースが報道された。新聞記事によれば,青色は人の心を落ち着かせるとされており,2006年度から年々増えている飛び込み自殺を防ぐのが狙いだという。10月末までに山手線全駅への設置を完了するとのことだ。

 実は9月といえば,9月10日はWHO(世界保健機関)の世界自殺予防デーに当たる。これに合わせて東京都では,9月を「自殺対策強化月間」として,自殺防止を呼びかけるキャンペーンを展開している。今年もその一環として,24時間体制で自殺念慮者などのために電話による特別相談を実施した。9月12,13日の2日間に受けた相談件数は112件に上り,また10日に行った「自殺予防いのちの電話」にも95件の相談が寄せられたという。

 東京都の場合,自殺者は1998年を境に,それまでの年間約2000人から2800人余りへと急増した。その後も,自殺者は約2500~2800人の高い水準のまま推移しているが,この数は何と都内の交通事故死亡者の9~10倍以上にも相当する。

 自殺者が急増した1998年は,我が国において失業率が初めて4%を突破した年だ。1997年の秋口に発生した三洋証券,北海道拓殖銀行,山一証券など相次ぐ大型金融機関の経営破たんをきっかけに,全国で失業者は大幅に増加した。そして1998年,全国の自殺者は前年の2万4391人から3万2863人と一挙に8000人以上も増えた。この年以降,昨年まで11年連続して,全国の年間自殺者は3万人を超え続けている。

 警察庁の統計によると,自殺の原因・動機として,1998年は経済・生活問題が激増し,対前年比170%と悪化した。実際,この年,自殺者が急増したのは,年度末の決算期にあたる3月だったという。

 さて,それから10年たった昨年の状況はどうか。自殺した人は全国で3万2249人と,前年に比べて844人ほど減少したものの,月別ではいわゆる「リーマン・ショック」直後の10月が最も多かった。自殺者のうち,「失業」が原因だった人が前年より2割,「生活苦」による人が1割強,「就職失敗」が4割増えており,年代別では,30歳代が4850人(15.0%)と,統計を取り始めた1978年以降,最多だった点などが注目された。そして何より問題なのは,今年になってからも自殺者(警察庁の8月末の暫定値)は,1~8月までのすべての月において昨年を上回り,ハイペースで増えていることだろう。

自殺者のサインに気づく“ゲートキーパー”を養成

 こうした背景には,昨年来の急激な景気悪化や企業の人員削減などがあるとみられるが,この負の連鎖を食い止めるために,社会あるいは我々個人は何ができるのだろうか。

 東京都は昨年度,自殺に至る背景などを分析し,自殺防止のための対策や遺族支援のニーズを把握するため,自殺者に関する初の実態調査を実施した。調査では,亡くなった当時に都内に在住または在勤・在学していた自殺者50人について,生前に自殺者が置かれていた状況や背景,体調などを調べた。

 今年6月に発表されたその結果によれば,自殺の直前に何らかの自殺のサインを発していたと思われる人は72%にも上っていた。また専門機関を受診したり,家族などに悩みの相談をしたりしていた人も78%いた。一方で,自死遺族などから見て,「その当時は自殺のサインとは思わなかった」人が61%を占めていた。

 東京都福祉保健局のホームページにある「自殺についての5つの誤解」には,一般にかなり広く信じられている誤解の1つとして,「『死ぬ・死ぬ』という人は本当に自殺しない」を挙げている。ここでも,自殺した人の8~9割は実際に行動に及ぶ前に何らかのサインを他人に送ったり,自殺するという意志をはっきりと言葉に出して誰かに伝えていたりするのだとしている。つまり自殺予防では,こうした「救いを求める叫び」をきちんと受け止めることが重要というわけだ。

 東京都福祉保健局保健政策部の中澤知子氏によれば,東京都では,“ゲートキーパー”(身近な人の自殺のサインに気づき,見守りながら相談・支援機関等につなぐ役割を担う人)を増やすため,その養成に取り組んでいる。都の相談窓口の職員などを対象にゲートキーパー養成研修を実施するほか,行政・民間などを問わず,さまざまな分野においてゲートキーパーとなる人材の養成を強化する。

 年間自殺者が3万人を超える以前から,日本では自殺者の多くが40代,50代の働き盛りの男性というのが,長期的かつ一般的な傾向とされる。今後は各企業などにおいても,自殺予防への取り組みが急務といえるのではないだろうか。

瀬川 博子(せがわ ひろこ)
1982年国際基督教大学教養学部理学科卒。日本ロシュ研究所(現・中外製薬鎌倉研究所)勤務を経て、88年日経BP社に入社。雑誌「日経メディカル」編集部で長年にわたり、医学・医療分野、特に臨床記事の取材・執筆や編集を手がける。現在は日経メディカル開発編集長として、製薬企業の広報誌など医師向けの各種媒体の企画・編集を担当。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)技術委員。