グーグルをテーマにしたノンフィクションは膨大な数が出版されているが、いまだに『ザ・サーチ』を超えるものは少ない。著者のジョン・バッテルは1990年代初期からシリコンバレーを舞台に活躍してきた著名なジャーナリスト。グーグルという企業がアラジンのランプから現れた魔人のようにゼロから巨大企業になる過程を、リアルタイムで取材してきた。
このため本書には、グーグルの創立者や投資者が自ら語る1次情報が圧倒的に豊富だ。加えて、本書は書名が示すとおり、単なる企業成功物語ではなく、「Web検索」というテクノロジの誕生と発展をビジネス、社会の側面から立体的に描き出している。
グーグルの特異なところは、Web検索というまったく新しいテクノロジに基づいて成立した企業だという点である。逆に検索テクノロジ自体もグーグルという企業の奇跡的ともいえる急成長がなければ、今日のように広範囲に影響を与えることはできなかったに違いない。
つまりグーグルを理解するには検索テクノロジとそのビジネス、社会への影響に関する理解が欠かせない。
この点、バッテルはプロのジャーナリストとして最初期からWeb検索を駆使してきたユーザーで、体験的にWeb検索の重要性を熟知している。またシリコンバレーを震源地とする「デジタル・ライフスタイル」をテーマにした『ワイヤード』誌の創刊編集長として鋭い社会的な視点を持ち、その後自らも出版社を立ち上げるなどベンチャー・ビジネスの経験も豊富だった(現在バッテルは大手ブログ広告代理店、フェデレーテッドメディアの創立者・CEOを務めている)。
本書は検索とスパム、検索とプライバシといった、その後ますます重要になっていった問題をいち早く指摘している。
グーグルのニュース・サービスに触れた個所では、「ニュース産業はどのようにしてこのャLャズムр謔濶zえて、検索主導の世界で生き残ることができるだろうか?」と、検索テクノロジをベースにしたWebメディアの伝統的ジャーナリズムに与える影響の深刻さを懸念している。
米国では、バッテルの予言は5年後に現実のものとなった。ネットワーク・テレビは「Hulu」などのオンラインサイトでゴールデン・アワーの番組を放映し始めた。新聞の廃刊は続出。ニューヨークタイムズさえ本社の半分を売却するほどの危機に陥っている。
しかしさすがのバッテルも、見通しを誤った点がある。「グーグルの今日と明日」の章で同氏は、エリック・シュミットCEOに「次は何をしようとしているのか」と尋ねる。
これに対してシュミットは「次の目標はビデオだ。君は自分で撮影したビデオを何本くらい持っているかい?」と返す。「たくさん持っている」とバッテルが答える。
するとシュミットは、「1人が100本ずつ持っていたら(世界では)天文学的数字だ」と述べた。バッテルはシュミットの答えが何を示唆しているのか理解できず、「何か隠しているにちがいない」と疑う。
しかしインタビューの1年後(『ザ・サーチ』の出版後)、グーグルはYouTubeを16億ドルで買収し、世界を仰天させた。シュミットはストレートに本当のことを話していたのだ。バッテルは、さぞ悔しかったにちがいない。
デスクトップコンピュータの世界のOSと同様に、Webの世界で最も重要なインフラは依然として検索である。検索の覇権を握ったものが、Webの世界を制覇する。
米ヤフーは、米マイクロソフトからの強い働きかけについに応じた。自前の検索を断念してマイクロソフトへの全面的な委託を決めたのだ。
ここまでマイクロソフトとヤフーを追い込んだのは、世界の検索市場におけるグーグルの圧倒的な存在である。Webという新たな生態系。ここに君臨するグーグルという存在を理解するために、本書は依然として第一級の資料といえる。
ザ・サーチ
ジョン・バッテル著
中谷 和男訳
日経BP社発行
1890円(税込)