PR

八子 知礼/デロイト トーマツ コンサルティング
シニアマネジャー

低コストのマルチバンド対応ワイヤレス・チップがいよいよ登場しそうだ。携帯電話事業者は受ける影響を検討し,新たな事業モデルを模索する必要がある。機器ベンダーにとっても,様々な機器にワイヤレス技術が統合されることで投資対効果が極めて高くなるとみられる。

(日経コミュニケーション編集部)

 史上初の携帯電話はテクノロジの勝利だった。任意の場所で電話をかけたり受けたりできることは科学の発展がもたらした驚異であり,それは今なお変わらない。しかし現代の基準でみると,当時の携帯電話は驚くほどシンプルに見える。初代の携帯電話は,最大25km離れた基地局との電話接続が可能な,アナログ・セルラーというワイヤレス技術に支えられていた。

 それ以降,携帯電話は対応するワイヤレス通信技術を着実に増やしている。1990年代半ばには赤外線通信技術(IrDA)が組み込まれ,コンピュータやデジタル・カメラとの短距離接続を可能にした。90年代終盤から搭載されたBluetoothは,ヘッドセットなど半径30m以内の様々な機器と携帯電話を接続させる用途に使われている。

 そしてこの10年,接続の選択肢はさらに増えている。2009年は,第3世代携帯電話(3G)や無線LAN,PHSなど複数の無線ネットワークがある環境で,最適なネットワークを自動的に選択するコグニティブ無線が実用化段階に入る。それとともに,史上で初めてシングルウエハ・チップで5種類以上のワイヤレス技術が利用でき,短/中/長距離通信の組み合わせと音声,データの両方がそろうとみられている(図1)。

図1●2009年にシングルチップ・ソリューションに利用可能なワイヤレス技術の候補
図1●2009年にシングルチップ・ソリューションに利用可能なワイヤレス技術の候補
[画像のクリックで拡大表示]

無線チップの低価格化で状況が一変

 これは二つの理由から重要である。一つは,携帯電話が携帯電話事業者のセルラー方式モバイル・ネットワーク専用の機器から進化し,携帯電話事業者以外の企業が所有する多くの異なるワイヤレス・ネットワークと結ばれる,本当の意味でのワイヤレス機器になるということである。

 もう一つは,シングルチップが低価格を実現するということだ。複数のワイヤレス技術を提供するマルチバンド統合型ワイヤレス・シングルチップ(以下,統合型ワイヤレス・チップ)のコストは2009年に2ドルを割り込む見通しで,1ドルに近付く可能性さえある。最初に登場したBluetooth単機能チップは約20ドルで売られていた。さらに今となっては,複数機能を持つ複数ウエアからなるチップセットですら10ドル前後になってはいるものの,統合型ワイヤレス・チップの2ドルとのコスト差は依然として大きいのが実勢である。

 フィンランドのノキアが業績悪化を発表した後,それに引きずられる形で関連デバイス・メーカーの株価が軒並み下落したように,景気悪化はチップ・メーカーにとっても携帯電話市場を混乱させる要因である。しかし統合型ワイヤレス・チップへの期待感と移行が拡大しており,パソコンから高音質ハイファイ装置,衣料品からメモリー・スティックに至るまで,他の多くの業種で需要が拡大するとみられる。

 モバイル業界の関係者は,低コストの統合型ワイヤレス・チップの登場によって,良くも悪くもどのような影響を受けるのかを理解する必要がある。

 携帯電話事業者と機器メーカーにとって,チップセットの価格低下による最大の影響は,音声中心の携帯電話だけではなく,様々な機器にワイヤレス技術が統合されることの投資対効果が,極めて高くなるとみられる点である。インターネットで我々が経験したように,ネットワーク逓増(ていぞう)の法則から,ネットワークにつながる機器が増えれば増えるほど多様なメリットが創出される可能性がある。